米国境に中国移民10倍増、現地ルポ 熱帯雨林を踏破(24年2月13日 日本経済新聞電子版)

 

記事の概要

(1)要点「国境地帯で拘束された中国からの不法移民は2023年に前年の10倍」

(2)「メキシコから国境を越え「自由の国、米国」に入った」

(3)「2月4日不法移民150人中4割が中国人」

(4)「23年米南西部国境で拘束された中国不法移民は3万7000人。前年の10倍」

(5)「中国⇒タイ⇒トルコ⇒エクアドル⇒コロンビア⇒パナマ⇒メキシコ⇒米国」

(6)「国境の町ティファナの『蛇頭』に500ドル払って抜け道案内してもらう」

(7)「日本は中国人労働者の待遇が良くないから選ばない」

(8)「抑圧迫害を逃れ言論自由求める中国人と、生活苦にあえぐ普通の中国人」

(9)「医師、会計士、キリスト教徒」

(10)「合言葉はランラン「潤出去(逃げ出せ)」(run、潤)」

 

記事(ワシントン支局長 大越匡洋)

 

(1)要点「国境地帯で拘束された中国からの不法移民は2023年に前年の10倍」

米南西部のメキシコと接する国境地帯で拘束された中国からの不法移民は2023年に1年前の10倍に急増した。

国境警備隊が拘束した不法移民を一時留め置く米カリフォルニア州南部の野営地を訪れると、海を越え、熱帯雨林を踏破してきた中国人の一団がいた。多くが語ったのは経済的に行き詰まり、母国に見切りをつけた現実だ。

 

写真 国境を越えた直後、米国境警備隊に一時拘束された中国不法移民。出身地は遼寧、福建、四川、湖北など様々(5日、米カリフォルニア州南部)

 

(2)「メキシコから国境を越え「自由の国、米国」に入った」

「熱帯雨林を2日半も歩いた。2日半だ」。

10歳の書亜くんは40日余りにおよんだ家族の決死行を得意げに語った。両親とともに4日の明け方にメキシコから国境を越え、「自由の国、米国」(母親の燕さん)に入った。

カリフォルニア州ハクンバというメキシコ国境の集落に近い荒野で最初に出会った山東省出身の中国人一家だ。郡道も途切れ、未舗装の道を5キロメートルほど進んだ先に越境直後に拘束された不法移民が集められていた。

国境近くをうろついていた記者に職務質問してきた保安官に逆に案内を頼み、やっと現地にたどり着いた。

 

(3)「2月4日不法移民150人中4割が中国人」

2月4日から2日間、現地を取材した。4日に集められていた150人ほどの不法移民のうち、中国人はおよそ4割。

5日はおよそ100人のうち半分を中国人が占めた。ベトナム人、グアテマラ人、ベネズエラ人などもいたが、中国人が最大の集団だ。

 

(4)「23年米南西部国境で拘束された中国不法移民は3万7000人。前年の10倍」

23年に米南西部国境で拘束された中国不法移民は前年の10倍、3万7000人余りに増えた。250万人いる不法移民全体の1.5%にすぎないが、全体が高水準でほぼ横ばいなのに対し、中国人の増え方は急激だ。うち99%がカリフォルニア州の国境を越える。

 

(5)「中国⇒タイ⇒トルコ⇒エクアドル⇒コロンビア⇒パナマ⇒メキシコ⇒米国」

山東省の一家に40日余りの旅路を振り返ってもらった。

▼23年12月21日、まず中国人が査証なしで入れるタイへ▼トルコを経て空路、エクアドルへ。エクアドルも中国人は査証不要▼車でコロンビアへ。海岸の町ネコクリから船で南北米大陸を結ぶ「ダリエン地峡」の端に上陸▼熱帯雨林を2日半かけて歩き、パナマへ▼車でメキシコへ。国境の町ティファナで密航請負業者「蛇頭(スネークヘッド)」の手配で「壁」の抜け道から2月4日、米国へ――。

 

写真 メキシコから米国へ国境を越えた直後、米国境警備隊に一時拘束される中国などからの不法移民(4日、米カリフォルニア州南部)

 

(6)「国境の町ティファナの『蛇頭』に500ドル払って抜け道案内してもらう」

国境の「壁」の抜け道案内の費用を教えてくれた湖北省出身の27歳の男性によると、価格はサービスに応じて1000ドル程度まで分かれ、500ドルは平均的な水準だという。

 

写真 「先のことは分からないが、春節(旧正月)を米国で迎えられてよかった」と話した中国不法移民(5日、米カリフォルニア州南部)

 

(7)「日本は中国人労働者の待遇が良くないから選ばない」

拘束された中国不法移民の年齢層は30~40代が中心で、子連れの家族も多い。

米国境にたどり着くまでにかかる費用は総額5000ドルほどが多いとみられる。

一定規模以上の中国企業で働く人の平均年収の3分の1を超える大金をはたき、米国をめざした。

 1)「マンションの販売員だった」。四川、福建、遼寧など中国の各地から来た人々に元の職業を尋ねると、少なくとも5人は不動産業だった。

 2)福建出身の38歳の男性は「政府の規制強化でマンションが売れない。歩合給がなくなって月給は2000~3000元(4万2000~6万3000円)に減り、生活できない」と語った。

 3)四川省出身の40歳男性は「給料が上がらないから教育費が賄えない」と嘆息し、傍らの10歳の息子の顔をみた。日本の方が中国に近くてよいのではと聞くと、「日本は中国人労働者の待遇が良くないから」と返された。

 

(8)「抑圧迫害を逃れ言論自由求める中国人と、生活苦にあえぐ普通の中国人」

英語を話せる人はほぼいない。会話はすべて中国語で交わした。記者だと明かすと回答を拒む人もいた。取材に応じても録音は嫌がる人が多かった。

つまり、中国のどこにでもいる普通の人々だ。

もちろん強権体制による抑圧や迫害を逃れ、言論や信教の自由を求めて新天地をめざす中国人は間違いなくいる。

だが米南部国境の現場に押し寄せる人の多くは、生活苦にあえぐ普通の中国人だった。

米外交問題評議会(CFR)の中国専門家イアン・ジョンソン氏は「中国不法移民の大多数は経済的動機でやってくる。この潮流は当面続く」とみる。富裕層はこんな困難な道を選ばず、貧困層は国外に逃れる余裕がない。結局、普通の人々が危険に挑む。

 

写真 転倒して左足首を骨折したまま旅を続け、米国のボランティアの助けで救急搬送された中国人青年(4日、米カリフォルニア州南部)

 

(9)「医師、会計士、キリスト教徒」

「中国は将来に希望がない」と嘆く中国伝統医学「中医」の医師だった男性。息子家族に伴われ「子や孫の未来のため、中国のすべてを捨てた」と話す元会計士の女性。米国の査証取得は「中国人に厳しく時間もかかる。待っていられない」(遼寧出身の女性)。

「自分たちはキリスト教。信仰の自由を求めてやってきた」。経済以外の動機を口にしたのは最初に会話を交わした山東省の一家だけだった。

 

写真 メキシコとの国境には万里の長城のように「壁」が続いている(5日、米カリフォルニア州南部)

 

(10)「合言葉はランラン「潤出去(逃げ出せ)」(run、潤)」

英語のrun(逃げる)と中国語の発音表記が同じ「潤(run)」を当て「潤出去(逃げ出せ)」が彼らの合言葉。

「中国指導部は中国経済は明るいと唱えている」と水を向けると、福建出身の男性は「それは外向けの宣伝。これが現実だ」と笑った。

(ワシントン支局長 大越匡洋)