震災が映す人口減の未来 論説主幹 原田亮介(24年1月29日 日本経済新聞電子版)
記事の概要
(1)「集住を促しインフラを身の丈に造り直す必要がある」
(2)「断水復旧には少なくとも2、3カ月かかる見通し」
(3)「改修の必要性はわかるが耐震コストをまかなえない 市町村」
(4)「世帯数1桁の集落が90、道路の寸断で救助や支援の手が届かない」
(5)「住宅の耐震化率5割以下 この家も自分の代で終わりだから」
(6)「高齢化した過疎地の震災 これが日本の姿に」
(7)「人口減少推計」
(8)民間有識者「人口ビジョン2100」
(9)「インフラの改修が進まない」
1)インフラ
2)水道事業
3)道路の拡幅
4)老朽化した住宅、空き家、中古マンション
(10)「公的インフラの更新投資は年間12兆9千億円が必要」
1)「住民がいるところにインフラを整備する考え方はやめて、地域の拠点に公共サービスを集約する時代だ」
(12)「平時から住民とインフラ整備のあり方を議論している自治体が復興先行」
(13)「昭和の原風景つまり全国平等」を懐かしがっても何も生まれない
記事
(1)「集住を促しインフラを身の丈に造り直す必要がある」
能登半島地震
道路が寸断し、水も途絶えた被災地は高齢者が人口の5割を占め、集落が点在する。
復興を急ぐのはもちろんだが、2050年にかけて人口減で縮む日本全体の課題も浮き彫りになった。集住を促しインフラを身の丈に造り直す必要がある。
(2)「断水復旧には少なくとも2、3カ月かかる見通し」
今回目立つのが、大規模な断水が長期化していること
石川県珠洲市、輪島市、七尾市など多くの市や町のほぼ全域で断水が続き、復旧には少なくとも2、3カ月かかる見通しだ。
東日本大震災では1週間で約5割が復旧、熊本地震では1週間足らずで9割が復旧したといわれる。
(3)「改修の必要性はわかるが耐震コストをまかなえない 市町村」
中山間地と都市部の違いもあるが、人口減少による水道の耐震化の遅れが響いている。
主要水道管の耐震適合率は、志賀町が10.4%、七尾市21.6%、珠洲市36.2%などにとどまる。人口が減ると水道インフラ維持のために水道料金を値上げせざるを得なくなる。改修の必要性はわかっていても耐震工事のコスト負担に耐えられないのだ。
(4)「世帯数1桁の集落が90、道路の寸断で救助や支援の手が届かない」
被災地の人口減少と高齢化は著しい。65歳以上人口の比率は珠洲市と能登町で50%を超え、輪島市と穴水町も40%台後半に達する。輪島市は1990年に4万2800人だった人口が、23年には2万3500人に減った。世帯数が1桁の集落が約90も点在する。道路の寸断で救助や支援の手が届かなくなったのだ。
(5)「住宅の耐震化率5割以下 この家も自分の代で終わりだから」
家屋の倒壊や火災で多くの人命が失われた。
全国平均が8割を超える住宅の耐震化率は、被災地の多くで5割を下回る。
近年最大震度6弱を含む地震が相次ぎ、建物の強度が低下した可能性も指摘されている。それでも後継ぎがいない高齢者は家を自分の代で終わりと考え、住宅改修をためらっただろう。
(6)「高齢化した過疎地の震災 これが日本の姿に」
人口減少と高齢化が進む過疎地特有の災害という見方が多いかもしれない。しかしそれが日本全体の将来の姿であることを忘れてはならない。
(7)「人口減少推計」
50年の地域別将来推計人口
1)都道府県のうち、11県で20年比で30%以上も人口が減る。
2)市区町村のうち、6割以上で人口減が30~50%以上進む。
(8)民間有識者「人口ビジョン2100」
民間有識者が1月にまとめた「人口ビジョン2100」によると、人口減少が止まらない最悪の場合、2100年の日本の高齢化率は全国でみても46%になる。
人口ビジョンのまとめ役となった日本郵政の増田寛也社長は「能登半島地震は日本の将来の絵すがたを映し出している」と話す。
大都市も含めてインフラの老朽化などが一段と進み、維持のために膨大な投資が必要になるからだ。
(9)「インフラの改修が進まない」
1)インフラ
政府が公表する分野ごとのインフラの修繕率は別表の通りだ。
橋やトンネル、下水道、医療施設、廃棄物施設でも60%台
福祉施設は39.3%、公営住宅は26%しか手がついていない。
2)水道事業
厚労省が水道管の耐震適合率を公表しているが、全国平均も41.2%に過ぎない。
水道管の老朽化が全国で最も進んでいるのは大阪府であり、大都市だから大丈夫というわけではない。
3)道路の拡幅
東京では防災に重要な道路の拡幅が地権者の同意が遅れ、なかなか進まない。
4)老朽化した住宅、空き家、中古マンション
老朽化して放置される空き家、耐震工事が行われないままの中古マンション、人口減のニュータウンなど様々な課題は今後さらに深刻化するだろう。
(10)「公的インフラの更新投資は年間12兆9千億円が必要」
(東洋大の根本祐二教授の21年の試算)
現在ある公的インフラの更新投資に必要な費用は年間12兆9千億円にのぼり、近年の公共投資の45%に達する。一定の新規投資なども必要なのでそのまま捻出するのは困難といえる。
(11)「コンパクトシティに象徴される集住や、公共施設の統廃合」
そこで発想の転換が必要だ。
1)「住民がいるところにインフラを整備する考え方はやめて、地域の拠点に公共サービスを集約する時代だ」(根本教授)。
2)コンパクトシティに象徴される集住や、公共施設の統廃合、デジタル化、インフラの長寿命化などで年間更新投資は7兆6千億円に圧縮できるという。
3)壁になるのが、自治体や住民の合意形成の難しさだ。
23年7月に閣議決定した国土形成計画でも、審議会で「集住の推進」を求める声と「地域切り捨ての集住には反対」という意見が鋭く対立した。
(12)「平時から住民とインフラ整備のあり方を議論している自治体が復興先行」
(国土審議会計画部会長増田氏)
「国民がどこに住むかの自由は憲法で保障された権利。都市計画の権限も国にはなく自治体にある」。
それを前提にした上で、集住の議論を深める必要性を強調する。
東日本大震災後の復興では「平時から住民を巻き込んで自治体の体力やインフラ整備のあり方を議論している自治体と、そうでない自治体の差は大きかった」。
今後の街づくりは担い手の若返りがカギを握るという。
(13)「昭和の原風景つまり全国平等」を懐かしがっても何も生まれない
(60世帯の集落にトンネルを通す理由 田中角栄元首相)
今回の震災を機にネット上で話題になったのが田中角栄元首相の演説だ。刑事被告人だった83年、選挙区のトンネル開通式でのこと。60世帯の集落にトンネルを通した、工費12億円がばらまきだという批判に「病人が出たら雪道を戸板にのせて運ばなきゃいけない。同じ保険料払っているのにこんな不平等あるか」。
筆者にもこんな記憶がある。新潟での小学校低学年のころ、老朽化した木橋を渡れず、冬は川のこちら岸の複式学級に通った。
それが廃校になったのは田中元首相の腕力で鉄筋の橋ができたからだ。
だが国土の隅々までインフラを整備した「昭和の原風景」を懐かしがっても何も生まれない。災害への未来の備えを今すぐ始めるべきだ。