春秋(24年1月25日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)「こんな家に生まれた子どもは運がいいね。不平等だな」「社会で成功できるかどうかは本人次第だと思う」。豪邸の前を通りかかった2人の高校生の対話が、昨年の大学入学共通テストの「倫理」で出題された。成功のカギは出自という運命か。それとも努力なのか。

 

(2)▼「〝親ガチャ〟が出題された!」。

ネット上で話題になった。子どもがどんな親のもとに生まれるかは運まかせ。初期設定により進路が左右される。人生にも「当たり」「ハズレ」があるのだ。さながら、何が出るか分からないカプセル玩具のように。そんな意味の俗語である。大志を抱けと言われても……。諦念が色濃い。

 

(3)▼たとえば親からの虐待や貧困。

本人の努力ではいかんともしがたい。就職しても非正規だ。居場所を失い心を病んでしまう。孤立と絶望が他者への暴力に変質する。自暴自棄の「無敵の人」が起こす無差別殺傷事件である。京都地裁はきょう、36人が犠牲になった京都アニメーション放火殺人事件の被告に判決を言い渡す。

 

(4)▼高校の「公共」の教科書に、親ガチャに関連する単元がある。

格差解消に向け公正な分配を説く哲学者ジョン・ロールズの主著「正義論」と、これを批判する自由至上主義を紹介する。冒頭の入試問題の背後にある思想だ。無敵の人は、私たちの隣人かもしれない。凶行を翻意させる方途はなかったのか。重い問いが残る。