「競合他社に転職しない」旨の誓約書 サインしなくても退職可能 弁護士 山村行弘さん(24年1月16日 日本経済新聞電子版)

 

問 勤務している会社に退職を申し出たとき、「競合他社には転職しない」旨の誓約書にサインしないと退職を認めないと言われました。サインする必要はありますか?

結論 サインする必要はありません。

 

(1)「正社員など期間の定めのない労働者」

民法は、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は2週間の予告期間をおけば、いつでも労働契約の解約の申し入れをすることができることを規定しています(627条1項)。

これは「退職の自由」と呼ばれ、労働者はいかなる理由があっても自由に退職することができるとされているのです。

 

(2)この退職の自由は強行規定

 就業規則等で制限することは許されません。

 正社員などの期間の定めのない労働者は、使用者側が退職を承認しない場合であっても、退職を申し出た日から2週間が経過すれば退職が成立することになります。

 

(3)「契約社員のような期間の定めのある雇用契約」

こちらは、原則として期間途中での解約はできません。

 1)ただ、契約期間が1年を超える雇用契約の場合、雇用開始から1年を経過していれば、労働者はいつでも自由に退職できます。

 2)1年を経過していない場合であっても、急病になってしまったときなど「やむをえない事由」があれば即座に退職できます。

 3)期間の定めのある労働者であっても、上記の一定の条件を満たせば、使用者側が承認しなくても、労働者の意思で退職できるのです。

 

(4)「他社へ転職しない誓約書は公序良俗違反で民法90条により無効」

このように、退職時に競合他社へ転職しないことを約する誓約書にサインを求められても応じる必要はありませんが、仮にサインをしてしまった場合、競合他社への転職は一切認められないのでしょうか。

このような誓約を「競業避止の誓約」といいますが、労働者の職業選択の自由に大きな制限を課すものですので、不合理な制限といえるような場合には、公序良俗違反として民法90条により無効となります。

 

(5)公序良俗違反の判断にあたっては、

 1)使用者の正当な利益の保護を目的としているか、

 2)労働者の従前の地位・部署・経歴などがどうであったか、

 3)競業禁止の期間・地域・職種等が合理的に限定されているか、

 4)本来の支給基準より加算した退職金を支払うなど競業禁止に対する適切な代償措置がとられているか、を総合的に考慮するのが通例です。

 

(6)競合他社への転職が禁止される地域や期間、禁止される競業行為の範囲を定めず、単に「競合他社には転職しません」という大ざっぱな内容の競業避止の誓約だった場合は、無効と判断される可能性が高いと言えるでしょう。

 

■退職後の守秘義務 企業の労働問題解決ナビ 弁護士浅野英之法律事務所

社員であれば、雇用契約(労働契約)に付随する信義則上の義務として、在職中は秘密保持義務を当然に負います。
退職した後は、当然に秘密保持義務を負うわけではなく、法的には、情報を漏らすこと自体に違法性はないことになります。
そのため、退職後の社員の行動を縛りたければ誓約書という根拠が必要です。

退職した後では、会社は社員に対して、もはや業務命令を下せませんから、この最終段階で作成する「退職時の秘密保持誓約書」こそ、企業秘密を守るために最も重要な書類なのです。

その一方で、社内の秘密情報を守ってくれる法律として「不正競争防止法」があります。
社内の企業秘密が、①秘密管理性、②有用性、③非公知性、という3要件を満たすときは、不正競争防止法の「営業秘密」として保護を受けられます。

そのため、「営業秘密」にあたるならば、あえて誓約書や就業規則に定めがなくても、不正競争防止法によって情報漏えいを禁止できます。
不正競争防止法違反があれば、損害賠償請求、差止請求、信用回復措置の請求ができ、刑事罰を求める(告訴する)こともできるなど、強力な責任追及の手段となります。

しかし、不正競争防止法の「営業秘密」として保護を受けるためのハードルはとても高く、企業が日常的に秘密保持を維持してないと難しい。

これまで情報セキュリティへの配慮のなかった会社が、いざ退職者に情報を持ち出された緊急時に、不正競争防止法を頼りに事後対策をしようというのは無理があります。
そのため、たとえ不正競争防止法の「営業秘密」にあたる可能性があるとしても、退職時には必ず、秘密保持誓約書を結んでおく意味があるのです。

(以下省略)