建物内の位置 高精度に把握 東大、素粒子で誤差3.9センチ ロボットや自動運転に(24年1月12日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)要点

東京大学は空から降り注ぐ宇宙由来の素粒子を使って物体の位置を誤差3.9センチメートルの高い精度で測定する技術を開発した。

この素粒子は物質を透過する性質があり、建物内や地下でも使える。全地球測位システム(GPS)の電波が届きにくい場所で、ロボットや自動運転車の誘導に使える。

 

 

 

(2)ミューオン「宇宙線が地球大気圏で空気中の原子にぶつかる過程でミューオンが発生」

 物質やエネルギーの最小単位が素粒子で、ミューオンは素粒子の一種で、空から大量に降り注いでいる。

 ミューオンは宇宙の遠方で星が爆発して放出された「宇宙線」由来の素粒子だ。宇宙線が地球の大気圏内に入ったとき、空気中の原子などにぶつかり、その過程でミューオンが発生する。

地表では手のひら程度の面積に、毎秒約1個のミューオンが降り注いでいるとされる。

 物質を透過する性質を持つため、私たちが感じることはない。

 

(3)「東大方式」

 1)東大の研究チームはミューオンを感知できる40センチメートル四方の特殊な板状センサーを2枚を使い位置測定をおこなう。

 センサーの1つを位置を知りたい物体に取り付け、もう1つを上方の10メートル以上離れた場所に設置する。

空から飛来したミューオンが2枚のセンサーを通ったとき、飛んできた方向などから位置を測定する。

 2)従来のmuPS(ミューピーエス)技術

 ミューオンで位置を知る技術は「muPS(ミューピーエス)」と呼ばれ、誤差が数メートルだった。従来技術はセンサーを通過した時間を比べて、その差を位置測定に使っていた。今回は角度を使うことで測定にかかる時間が早くなり、誤差は3.9センチメートルと世界最高精度を達成した。

 3)(東大の田中宏幸教授)

 「建物の中で使うAGV(無人搬送車)やトンネル内のロボットを正確に動かすといった利用方法が考えられる」と話す。

 

(4)技術の応用

 ミューオンで立ち入りが難しい建物などの内部の状態を調べることもできる。

 1)ミューオンが物質内を通過する際に、原子核などにぶつかってごくまれに消える性質を使う。ミューオンの飛んでくる方向や数を精密に測定すれば、空間がある場合と障害物がある場合でわずかに違いがあるため、空間の有無が分かる。

 

 

 2)田中教授らは2006年、活火山として知られる浅間山で内部のマグマだまりを調査した。

 3)名古屋大学などは16年にエジプトのクフ王のピラミッド内部に未知の空間があることを見つけた。

 4)11年に事故を起こして、廃炉作業が続く東京電力福島第1原発2号機の原子炉内部を解析し、溶融燃料を調べたこともある。

 

(5)「KEKはミューオンを人工的に作って解析する」

(高エネルギー加速器研究機構(KEK))

 光速近くまで加速した陽子を炭素原子に衝突させて、ミューオンを1億個単位で発生させられる装置を持つ。

  ミューオンは原子の中心にある原子核に近づくと、原子の種類によって固有の光を発する。発生した光の波長を解析して、どういう元素が存在するかを対象物を壊さずに調べられる。

 1)発生した1億個のミューオンが持つエネルギーの大きさの違いを利用すれば、物質表面からの距離ごとに元素の分布も分かる。

 2)無人探査機の「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った試料の解析にも役立った。試料を空気に触れさせることなく、内部に含まれている元素を正確に測定できた。

 3)そのほか、空気に触れると劣化するような文化財の解析などに活用している。

 

(6)解析技術は材料開発にも役立つ

(KEK)

 豊田中央研究所(愛知県長久手市)などと共同で、リチウムイオン電池の劣化状態を解析した実績を持つ。

 リチウムイオン電池は長年利用すると、金属リチウムが析出し、発火の原因となる。

 一般的に内部の状態を調べるために、分解する必要があるが、ミューオンを活用すれば、壊さずに何度も調べられる。電池の寿命を長くするための構造や素材の開発につながる。

 

(7)「ミューオンを作る装置は世界に5台しか無い」

様々なエネルギーを解析に使えるのはKEKだけだという。

KEKの下村浩一郎教授は「ミューオンを解析に使う研究はまだ始まったばかりで、今後、さらに幅広い分野に広がっていくだろう」とみる。

 

 

■経済安全保障に直結 米国では軍が研究(24年1月12日 日本経済新聞電子版)

 

(1)「光が届かない場所を調べる「透視」のような技術」

 1895年にドイツで開発されたレントゲンなどが有名だ。

 ミューオンは米国の物理学者らによって1936年に発見され、観測に使う研究が進んできた。

 ピラミッドの内部を透視する取り組みは、70年ごろに始まっている。

 

(2)「ミューオンの検出技術つかった応用研究」

 (米海軍)

 2021年に地上の位置測定の正確さを競うコンテストを開催し、ミューオンを利用する測位技術を提案した英国を中心とする研究チームが優勝した。

 (米国国防高等研究計画局(DARPA))

 22年、小型のミューオン生成装置の開発を支援するプロジェクトを始めた。

 (欧州)

 先端技術開発プロジェクト「ホライゾン2020」で研究が始まっている。

 (日本)

 23年に国の経済安全保障重要技術育成プログラム(Kプログラム)で、ミューオンを使った測位技術の開発などが採択された。

 

(3)ミューオンの活用は全地球測位システム(GPS)のように衛星の有無に左右されず、地中や海中でも正確に位置が把握できる。経済安全保障にも直結する重要技術として、開発競争が激しくなっており、日本の強みを磨き続ける必要がある。

(福井健人)