米国株、富裕層に集中加速(コラムニスト)ジリアン・テット フィナンシャルタイムズ(24年1月10日 日本経済新聞電子版)
記事
(1)「18年前、米国株式市場が一部業界に集中しすぎているリスクに注目した」
今から18年前、筆者は米国株式市場が一部業界に集中しすぎているリスクについて考え始めた。当時、問題は銀行だった。
(当時)
金融の革新について浮ついた楽観論が飛び交い、金融セクターの株式時価総額が米スタンダード・アンド・プアーズ(S&P、現S&Pグローバル)の代表的な株価指数のほぼ4分の1を占めるところまで拡大していた。
(多くの投資家)
この偏った構図が正常で、いつまでも続くと考えた。
(2007年)
信用バブルが崩壊し、金融セクターが縮小した。
(その結果)
経済を反映して
ヘルスケア、
工業、
IT(情報技術)、
その他の事業セクター
が似たような比重を持つ、よりバランスの取れた株式の世界が生まれた。
写真 アップルなど巨大テック7社の時価総額は12兆ドルに達し、カナダ、英国、日本の株式市場の時価総額合計に匹敵する規模になった=ロイター
(2)「24年はマグニフィセントセブンと呼ばれるテック銘柄7社で時価総額の72%を占めた」
この物語は24年に再び繰り返されるのか――。これが今、一部の投資家の頭を悩ませている問題だ。ただし、今回は金融ではなく、テックについてだ。
(昨2023年)
特に人工知能(AI)に対する猛烈な興奮が渦巻くなかで、
「マグニフィセントセブン(壮大な7社)」と呼ばれるテック銘柄
アップル、
アマゾン・ドット・コム、
アルファベット、
メタ、
マイクロソフト、
エヌビディア、
テスラ
の時価総額が72%も跳ね上がった。
(米投資会社アポロ・グローバル・マネジメントのトーステン・スロック氏)
1)この急騰によって7社の時価総額が12兆ドル(約1700兆円)に達し、カナダ、英国、日本の株式市場の時価総額合計に匹敵する規模になったと計算している。
2)これはITセクターがS&P500種株価指数の30%前後を占めていることも意味する(ITと緊密に結びついた通信サービス業界を含めた場合は37%を占める)。
3)一部の投資家はこの偏ったパターンが続くと考えているか、続くことを望んでいる。
なぜなら、テック企業は(銀行とは異なり)本物の経済成長をけん引すると言える商品やサービスを提供しているから。
(3)「この構図はまだ2000年のドットコムバブルの最中ほど極端ではない」
(当時)
ITセクターがS&P500の35%まで拡大し、その後崩壊した。
しかし、年明けに英バークレイズがアップル株の投資判断を引き下げると、米ナスダック総合株価指数が急落した。
(もし技術革新を取り巻く過剰な期待の崩壊が起きた場合)
多くの投資家が被害を受け、連鎖的な信頼の喪失が起きるかもしれない。これは07年および01年のバブル崩壊が物語っている。
(4)「テックの数社の株価がS&P500を大きく動かしている」
この7社を投資信託でよく使われる「ラッセル1000株価指数」に含めると、指数は23年に23%上昇したことになる。
7社を除くと、上昇率は12%にとどまった。
テックの数社の株価がS&P500を大きく動かしている。
(5)「上位10%の富裕層は株式市場の92.5%を所有」
投資家がこの不均衡について考えるなか、最近浮上した、注目度がかなり低い2つ目のタイプの集中がある。株式の所有を取り巻く集中だ。
「米国の政治経済は、民主的な株主資本主義だという神話」
これはある意味で事実で、米国の人口の61%が現在、多くの場合は確定拠出年金(401k)を介して株式を保有している。
この神話に隠された不都合な秘密は、株式の所有が、次第に集中が進んでいるということだ。
(ストラテジストのリン・オールデン氏の計算)
(20年前)
米国人の上位10%の富裕層が企業の株式と投資信託の77%を所有していた。下位50%の層はわずか1%しか所有しておらず、中・上位層が12%を所有していた。
(現在)
上位10%の富裕層は市場の92.5%を所有しており、「史上最高の集中度」だとオールデン氏は指摘する。
20年前には上位1%の大富豪の保有比率が40%だったのに対し、22年の直近のデータでは54%に上っていた。
(6)「米国の超富裕層の資産を管理しているファミリーオフィス」
特に米国の超富裕層の資産を管理しているファミリーオフィスが相対的に公開市場から離れつつあることを考えると、なおのこと目を引く。
カナダ大手銀ロイヤル・バンク・オブ・カナダ(RBC)と調査会社キャンプデン・ウェルスが実施したファミリーオフィス330社の調査によると、公開株式市場とプライベートキャピタル(未公開企業への直接投資)市場への資産配分は昨年、それぞれ28.5%、29.2%で、後者が前者を初めて上回った。
皮肉屋であれば、集中は資本主義の「勝者総取り」(あるいは、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が指摘したように、資本収益率が経済成長率と賃金上昇率を上回り続ける世界)の必然的な帰結にすぎないと主張するかもしれない。
(7)「将来のテック株暴落の被害を受ける層」
相対的に最も大きな痛みを覚えるのは恐らくそれほど裕福ではない層だ。
401kは指数に配分される傾向があり、それゆえファミリーオフィスのポートフォリオほど多様化も保護もされていないからだ。
(8)「株式所有が富裕層に集中していることは「民主的な株主資本主義という米国の神話」に疑問を抱かせる」
24年の選挙戦で、こうした問題が大きく取り沙汰されるとは思えない。
だが、政治家としては当然、できる限り多くの人が自分自身に利害があると感じる株式の世界を生み出すにはどうすればいいか問うべきだろう。
一方、投資家としては例のマグニフィセントセブンを注視し、07年と01年に何が起きたかを覚えておくべきだ。
(電子版5日付)