エコノミスト360°視点 「デフレの亡霊」との決別 門間一夫 (みずほリサーチ&テクノロジーズエグゼクティブエコノミスト)(24年1月5日 日本経済新聞電子版)

 

記事

 

(1)2023年11月2日に閣議決定された「デフレ完全脱却のための総合経済対策」には中長期の視点での経済強化策が多く盛り込まれており、一定の評価ができる。残念なのは「デフレ完全脱却のため」という名称だ。名前には基本哲学が反映されるので、政府はデフレの克服を今も最重要課題と考えていることになる。しかし、本当にそうならいくつかの問題がある。

 

(2)第一に、客観的な事実として、もはやデフレの問題を強調する局面ではない。

デフレの定義

 政府は01年3月の月例経済報告の中で、「持続的な物価下落」のことをデフレと定義した。

そして現在は、その正反対の「持続的な物価上昇」が起きている。

消費者物価(除く生鮮食品)は27カ月連続で上昇し、20カ月連続で前年同月比2%超伸びている。「デフレに戻る見込みがない」のがデフレの完全脱却と言うのだとしても、日銀の物価見通しにおいて、今後2年以上デフレは見込まれていない。

 状況に適さない名称で政策を打ち出せば、真の課題が何なのか国民に伝わりにくくなる。この局面で日本経済が向き合うべき最重要課題のひとつは、社会の高齢化から来る人手不足であろう。脱炭素化という困難な課題もある。それらに不可欠な労働市場改革や技術革新などを、もっと経済対策の前面に押し出すべきではないか。

 

(3)第二に「デフレ」という言葉は「需要不足」という意味でもある。

「デフレという言葉には需要不足という意味がある」

  デフレという認識がある限り、財政政策はメリハリを欠いたばらまき型になりやすい。

「本当に需要不足が問題だった時」

  「需要を生み出す財政支出なら何でもよい」という考えもぎりぎり成り立つかもしれない。

「日本経済の成長を制約する要因」

  需要不足から人手不足へと切り替わりつつある。

あれもこれもとお金をつけたところで、人的資源の制約から予算を消化できない。デフレ時代とは違う姿勢で財政政策の中身を詰めなければならない。

 

(4)第三に「デフレからまだ脱却していない」という政府の認識は、日銀の金融政策にも影響を与えかねない。

 むろん日銀は独立した存在だが、政府の経済政策との整合性も問われる。まもなく日銀は異次元の金融緩和からの出口を探るとみられるが、デフレがまだ問題だというのなら出口などありえまい。政府と日銀は認識をそろえた方がよい。

 

(5)最後に需給ギャップの問題点にも触れておく。

 需給ギャップは、政府がデフレ脱却を判断する際に参考にする指標のひとつである。

現在その数値は需要不足か供給不足か判定が難しい領域にあり、需給ギャップを信じるなら、デフレに逆戻りするリスクが残っていることになる。

ただし需給ギャップは多くの仮定に基づく推計値であり、他の主要国ではあまり使われていない。

「需給ギャップは人手不足の記録的な深刻さを反映していない」

 23年12月の日銀短観では人手不足が記録的な深刻さだが、その実態を需給ギャップがうまく反映できているとは思えない。不確かなデータに基づく政策議論はやめた方がよい。

 日本経済はもうデフレではない。あとは政府が、デフレという「亡霊」から自由になるだけだ。