2024年の視点:円高ではなく「過度な円安の修正」=唐鎌大輔氏(23年12月31日 ロイター日本語電子版無料版)
要点
(9)「過去の円高は貿易黒字に裏打ちされた経済の反映だった」<声「それが理由で今も円高が評価されている
(11)「2011~12年から貿易黒字を稼げない経済になったため、円高になれなかった」
(12)「2022~23年はパンデミックと戦争が重なりインフレ、内外金利差、資源価格高騰で一気に円安になった」
記事の概要
(1)要点「米国が利下げすると円高は不可避だが、深刻ではない」
(2)「FRB 利下げ時期についても「視野に入る」との発言」
(3)「利下げで株と債券とドルの「買い」は「売り」に流れが変わる」
(4)「利下げで円の買い戻しも起こるが「円高」になるわけではない」
(5)「日銀のマイナス金利解除はどう想定すべきか」
(6)「最大の問題 海外の利下げの流れのなかで日銀だけ利上げできるのか」
(7)「連続的な利上げが不可能ならば、日銀の利上げは「円売り」を煽るリスク」
(8)「米の利下げもゼロ金利にはならないから「深刻でない円高」でおさまる」
(9)「過去の円高は貿易黒字に裏打ちされた経済の反映だった」<声「それが理由で今も円高が評価されている
(10)「日本は赤字経済だったが、コロナ初期に米利下げを体験している」
(11)「2011~12年から貿易黒字を稼げない経済になったため、円高になれなかった」
(12)「2022~23年はパンデミックと戦争が重なりインフレ、内外金利差、資源価格高騰で一気に円安になった」
写真 金利という観点に照らして円高という「方向感」が予測できるとしても、多くの人が注目するのは円高の「水準」だろう。唐鎌大輔氏の分析。写真はドルと円の紙幣。2022年6月撮影(2023年 ロイター/Florence Lo)
記事[東京 31日]編集:田巻一彦
(1)要点「米国が利下げすると円高は不可避だが、深刻ではない」
1)1年前の記事
本欄で「2023年の春以降の円安再起動警戒」と題したコラムを執筆した。同コラムでは需給面に照らして円安懸念が払しょくできないとの思いから「為替市場はオーバーシュートが常であるため125─130円のゾーンまで落ちてくる可能性はある」ものの「史上最大の貿易赤字などを背景にゆがんだ円全面安の部分は解消されまい」と述べた。
また、金利面に照らしたキャリー取引も追い風になるとも論じた。
2)実績
ドル/円相場の最安値は1月の127円台、円安は春以降に再起動し、キャリー取引というフレーズも多用される年になった。
当初から円高予想が支配的だったことを思えば、2023年の実情に沿った議論を示すことができたと感じている。
では、こうした円独歩安の2年間を経た2024年をどう見るべきか。
3)結論
金利と需給、双方の要因に照らして円安局面はいったん小康状態に入る可能性が高い。しかし、「円安ピークアウト」と「円高の再来」は同義ではなく、あくまで「円高は不可避だが、深刻ではない」が基本だろう。
(2)「FRB 利下げ時期についても「視野に入る」との発言」
ほとんどの為替市場参加者は「米連邦準備理事会(FRB)は利下げ、日銀は利上げが注目される年。だから円高になる」というストーリーラインを抱いている。これは1年前と全く同じだ。
実際、そうなる可能性は大分高まっている。2023年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)において、フェデラルファンド・レート(FF金利)に関し「ピークかその近くの可能性が高い」と利上げ終了が言明された。
そればかりか、利下げ時期についても「視野に入る」との発言が重ねられた。
(3)「利下げで株と債券とドルの「買い」は「売り」に流れが変わる」
利上げ終了と利下げ示唆を同時に行うのは、多くの市場参加者の想定外であった。
言及した以上、FRBの利下げは1─3月期のうちに現実味を帯び、4─6月期に着手される可能性はある。
世界の資本コストであるFF金利の引き下げが見えてくれば、為替に限らず様々な資産価格が逆回転を強いられる。株売りは株買いに、債券売りは債券買いに、そしてドル買いはドル売りに流れが変わる。
(4)「利下げで円の買い戻しも起こるが「円高」になるわけではない」
変動為替相場の世界に属している以上、過去2年間で忌避されてきた円も例外ではなく、相応の買い戻しは期待できる。
少し円高に振れると「鬼の首」を取ったかのように「円高になった」と直情的な意見を放つ向きもあるが、変動為替相場制である以上、FRBの姿勢転換に巻き込まれない通貨は無い。
だが、利下げされたドルの裏側でどの程度、非ドル通貨が買われるかは各国の抱える需給構造に依存する。この点、後述するように、日本は脆弱性を抱える。
<マイナス金利解除は円売り要因に>
(5)「日銀のマイナス金利解除はどう想定すべきか」
1)筆者は2024年春闘の仕上がりや多角的レビュー(5月に第2回開催予定)の結論を踏まえ、最速で6月、もしく7月の展望リポート公表時を想定している。
注目された2023年12月会合の見送りで、この想定は現実味を増した。12月会合後の植田和男総裁の会見を額面通り受け止めると、恐らく1月は見送りなのだろう。
2)「最短で4月の展望リポート公表時が選択肢になる」
実務上の準備を要すると言われるマイナス金利解除を期末(3月)に差し込むことも難しいのだとすれば、最短で4月の展望リポート公表時が選択肢になる。
「春闘を見極めて4月」は市場のコンセンサスだが、筆者は時間と労力をかけた多角的レビューの結論を経る6月や7月と予想している。
(6)「最大の問題 海外の利下げの流れのなかで日銀だけ利上げできるのか」
解除時期がいつであれ、海外金融情勢がそこまで待ってくれる保証はないという点だ。
周知の通り、12月のFOMCでFRBの姿勢は急変した。今のところ、その兆候はないが、欧州中銀(ECB)も同じような情報発信へ切り替えてきた場合に「世界で唯一、正常化を志向する中銀」として日銀の政策環境は相当窮屈になる。
植田総裁はそうしたロジックを不適切と断じているものの、実際のところ、海外の経済・金融情勢に逆らって利上げするという運営は政治的に簡単ではないと察する。
(7)「連続的な利上げが不可能ならば、日銀の利上げは「円売り」を煽るリスク」
もっとも、日銀による連続的な利上げは不可能という見方が大勢である。とすれば、マイナス金利解除は「日銀発の円高材料出尽くし」を意味する。正常化に向かって「二の矢」、「三の矢」を放つことができないのであれば、解除はかえって円売りをあおるリスクをはらむ。
(8)「米の利下げもゼロ金利にはならないから「深刻でない円高」でおさまる」
また、2024年中に米国が利下げすると言っても、再びゼロ金利への回帰が検討されることはない。とすれば、日米金利差の観点からは「円高は不可避だが、深刻ではない」程度に考えておけば良いように思える。
<「貿易赤字国として迎える米利下げ」の威力>
(9)「過去の円高は貿易黒字に裏打ちされた経済の反映だった」<声「それが理由で今も円高が評価されている
1)金利という観点に照らして円高という「方向感」が予測できるとしても、多くの人が注目するのは円高の「水準」だろう。
この点については需給分析が求められる。
2)「日本は貿易赤字国として米利下げを迎えたことがほとんどない」という簡単な事実だけを紹介する。
1985年のプラザ合意以降、日本は貿易黒字大国だった。
例えば、米利上げ局面において金利差が拡大し、投機取引がドル買い・円売りに傾いていても、貿易黒字に裏付けられた実需取引は常にドル売り・円買いを正当化していたのが日本経済の歴史だ。
3)その後、米利下げ局面が到来すれば、投機取引の円売りは巻き戻されて円買いに転じるが、実需取引は元々円買いなので投機・実需の両面からヒステリックな円高が演出されやすくなる。
これが為替市場で円安よりも円高の方が高いボラティリティを誇ってきた理由だろう。
(10)「日本は赤字経済だったが、コロナ初期に米利下げを体験している」
1)今や日本の貿易収支は基本的には赤字である。こうした実需環境を抱えながら、米利下げ局面を迎えた経験が日本にはほとんどない。
2)「ほとんど」と付けるのは、2019年7月末のFOMCで10年7カ月ぶりの利下げが決断された際、日本は貿易赤字国だったという経験があるためだ。
その際のドル/円相場は、翌8月こそドル安・円高に振れたが、直ぐにドル高・円安に戻った。厳密には利下げ前から円高は始まっていたが、それをしん酌したとしても、結局、2019年5月ごろの112円から同年12月には109─110円となっており、大して円高にはなっていない。
3)その後、2020年に入るとパンデミックが到来し、FRBは一気にゼロ金利まで引き下げたが、これによってドル安・円高が進んだという印象はやはりない。この経験は2024年を展望する上で参考にしたい材料の一つだ。
(11)「2011~12年から貿易黒字を稼げない経済になったため、円高になれなかった」
実は過去10年間余り、日本は顕著な円高を経験していない。
これは約10年前(2011─12年)から貿易黒字を稼げなくなっているという事実と符合する。
2024年の相場動向を通じて、多くの市場参加者は「思ったほど円高にならない」と感じる可能性がある。しかし、それは10年前から少しずつ起きている話だ。「安全資産としての円買い」といったフレーズもいつの間にか耳にしなくなった。
<主戦場の変化を確認する年に>
(12)「2022~23年はパンデミックと戦争が重なりインフレ、内外金利差、資源価格高騰で一気に円安になった」
2022─23年はパンデミックと戦争が重なったことでインフレがたきつけられ、内外金利差が極端に開き、資源価格も高止まりする中で、もともと抱えていた円安になりやすい構造が一段と強調された特殊な期間だったのだ、と筆者は整理している。
このような状況下で、FRBが利下げに転じるとしても「過度な円安」が「穏当な円安」になる程度の認識で良いだろう。
ドル/円相場の主戦場が「100─120円」から「120─140円」ないし「125─145円」にシフトしており、その中で円安や円高を語る時代に入った。
2024年はそうしたパラダイムチェンジを確認する1年になるのではないか。
編集:田巻一彦
*本記事は12月26日にLSEG(ロンドン証券取引所グループ)のEikonに配信されました。同日までの情報に基づいています。
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。
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