核心 岸田首相「3年目の蹉跌」論説フェロー 芹川洋一(23年12月18日 日本経済新聞電子版)

 

蹉跌(つまずくこと。失敗すること。広辞苑)


記事

 

(1)安倍派が派閥ぐるみで政治資金収支報告書に資金の出入りを記載していなかったというのは信じがたい話だ。違法行為である。慣例になっていたらしい。過去のお縄頂戴の歴史を忘れたのだろうか。

主要な政治家が関与、竹下登首相の退陣に及んだリクルート事件を思い出させるような安倍派総崩れの展開だ。事務総長経験者である松野博一官房長官をはじめ政府・党の要職にある同派の面々の更迭も当然である。総ざんげだ。

 

(2)在任3年目に入った今秋以降、政治の運びがうまくなく、支持を失ってしまった岸田内閣。そこにメガトン級の疑惑の直撃弾で、派閥から自民党、そして岸田文雄首相へと不信感が広がっている。政権発足後、最大の危機である。

しかしまたこの先どう転ぶか分からないのも政治だ。首相は、はたして政権の立て直しをできるだろうか。

 

(3)「今回の政治資金問題に戸惑いを感じた理由」

20年ぐらい前の日本歯科医師連盟(日歯連)の事件を思い出したからだ。

日歯連から当時の橋本派に渡された1億円の献金が政治資金収支報告書に記載されず、いわゆるヤミ献金となった。村岡兼造会長代理と会計責任者が起訴された。村岡氏は最終的に有罪になった。

つい最近も自民党では薗浦健太郎氏が収支報告書への不記載により政治資金規正法違反で略式起訴され、議員辞職に追い込まれたばかりだ。

 

(4)「岸田首相のリーダーシップ不足」

パーティー券販売の収支報告書への不記載による裏金化は過去の教訓が生きていなかった。この資金の流れをつくった政治家にはお白州に座ってもらわないと困る。

安倍派問題が中心だとしても、党総裁でもある首相が政治不信の広がりを食いとめるため「火の玉」となって努力をするのは当たり前だ。

とくにこの秋から政権の歯車がうまく回らず、求心力が低下した背景に首相の指導力不足があったという事情もある。

そこに今回の政治資金問題だ。首相としては自らのリーダーシップのどこに問題があり、何を改めていけばよいのか、その再構築によって局面転換を探るしかあるまい。

 

(5)そこで慶応義塾大学の曽根泰教名誉教授の教示を受け、英国の政治学者によるリーダーシップ研究の結果を日本政治の現実にあわせて考えることにした。

その構造を分解し大きく次の7つととらえた。

1)ビジョン力

2)コミュニケーション力

3)与党運営力

4)議会運営力

5)信用力(有権者の信頼度)

6)選挙力

7)権力闘争力

である。

 

(6)「この7つの物さしで9月からの岸田政権の蹉跌(さてつ)を振りかえる」

第一)不首尾におわった内閣改造・党役員人事

 政務三役で更迭劇が相次いだ。各派閥の言い分を聞いた結果だ。(3)与党運営力と(7)権力をめぐる闘争力の弱さの反映だ。

第二)政治カレンダーもなく戦略性に欠けていた日程づくり

 臨時国会の召集時期、経済対策の打ち出しなどをトータルにとらえて予定を組み立て、与野党と調整することができていなかった。(3)与党と(4)議会の運営力の欠如である。

第三)やぶから棒で選挙対策と受けとめられた所得税減税

 党執行部に難色を示す向きがあったのを首相が押し切った。ここでも(3)の与党運営力が問われた。

第四)政権の意思伝達

 首相の意向がうまく届かず腹落ちしない説明。有権者を納得させる(1)将来構想を示すビジョン力と(2)コミュニケーション力の弱さだ。

その結果が内閣支持率の急落で(5)有権者の信頼度である信用力の低下となってあらわれた。今のままではとても選挙を勝ち抜くことはできず(6)選挙力が落ち、来年秋の総裁選をにらんだ(7)権力をめぐる闘争力も失われつつある。

今回)派閥の政治資金問題

 ここは(2)コミュニケーション力と(3)与党運営力(7)権力闘争力にかかわってくる。

 

(7)こうした局面を打破するにはどうするか。こんどの閣僚人事だけで済むはずがない。

安倍派にとどまらず派閥解消を

政治資金規正法の改正を含め大胆な政治改革の方向

世の中をおおう将来不安から抜け出す出口を示す。

それを有権者にひびくことばで発信する。

 

(8)「<安倍派排除の>新体制で与党内と議会の運営力を強める」

カゲがうすかった松野前長官や、手腕を疑問視する向きが多かった高木毅国会対策委員長の更迭を奇貨として、新体制で岸田チームを整え与党内と議会の運営力を強める。

政権がうまく回り、政治が良い方向に向かう姿を見せれば、支持率は回復し、選挙力から政権の求心力回復につなげる。リーダーシップの分解掃除で政権への信頼を取り戻し、政治改革と政策を前に進める――。そんな好循環は、もはや無理だろうか。

 

(9)各国で選挙が相次ぐ2024年の世界。首相が「まさに緊迫の1年になる」という通りだ。日本政治も一緒に緊迫していて大丈夫だろうか。

何がおこるのか分からない政治のこわさで冬のおとずれを知り、来るべき年に不安がつのる年の瀬である。