秋葉原無差別殺傷事件に関する連日の報道を見ていて、「どうして」とか「なんてひどい」「命の大切さを・・・」とか「もっと辛い環境で育ったひともいるのに甘い」というのばっかりで、全然分析じゃないじゃん~感想じゃん~と、どうもしっくりきません。 もちろん、たまたま見ていたテレビに映ったものや新聞を読んだ範疇になりますが。
加藤容疑者のしたことは常軌を逸するほど残忍で恐ろしいもので、突然襲われた被害者や遺族を思うと、私自身も怒りで震えてしまうほどです。
ただ・・・・加藤容疑者の過去を知って感じてしまうのは、彼も犠牲者なんだなぁということ。
父親の虐待と過干渉でナーバスな母親。
幼い頃から彼はどこで羽を休ませることができたのでしょうか?
子供の将来のためと言いながら彼のご両親がしてきたことは、彼のパーソナリティーを損ねてはいなかったのでしょうか?
断片的な情報による推測ですけれど。
児童虐待はPTSDの原因としても認められています。アダルトチルドレンですね。虐待経験から自己肯定感が希薄となり、あらゆることに希望が持てないことが多いのです。
自分はなにをしても認められなかった、否定された、こういう自分じゃダメなんだ、と幼少から思い込んで育つので、大人になっても自分自身の行動に自信が持てず、誰のことも信用できないことが多いのです。「自分なんてなにをやってもだめだ」「自分のやることなんて価値がない」「どうせみんなもそう思っているに違いない」という思考の傾向があるので、ありのままの自分の気持ちを現せないで思い悩んでいることもあります。自己否定感が強いのでうつになりやすく、まったく経験のないひとにはこのあたりの苦しみははかり知れないかもしれません。
逆に親からの十分な保護を受け、無条件の肯定感の中で基本的信頼を得ていくことが出来たひとは健全なパーソナリティーを持ち、自己肯定感にあふれています。根拠もないのに羨ましいくらい自信がた~~~っぷりなひと、周りにもいませんか?
彼は唯一無二な存在として、ありのままを両親に受け入れてもらいたい、愛を実感したいと思っていたのではないでしょうか。これは彼がそう考え、気づいているかは別として、愛と承認はヒトの自然な欲求ですから。とても大切なことなんですよね。だからこそ、大人になって自分を愛してくれる誰かを求めていたのでしょう。 本当はすごく甘えたかったのですね。。。
自己否定に端を発し、この世のものすべてに何の意味もないと思える自暴自棄な状態にまでに至った彼の心理過程はそれほど難解なものではないように感じます。
だからといって・・・・・
理由があるからといって、何をしてもいいとうわけではありませんよ!
それに、破壊的な衝動の欲求や刺激には、また複数の要因があるでしょうし。
こういう被害者のループをつくらないようにするためにも、親はもっと、子供のパーソナリティーに配慮すべきだと思います。
因果応報。
「ちゃんと育ててきたつもりなのに・・・」というのは親のエゴに満ちたいい訳にしか聞こえません。
愛情とエゴの押し付けは履き違えないようにしないと。
最近私も周りもベビーラッシュ!!
本物の天使がいっぱいです☆
まだまだたくさんケアが必要なピュアな子供たちを見ていると、彼らの幸せは親や周りの関わりによるところが大きそうだぞ・・・!と思う出来事もしばしば。親としての責任を実感しています。
自分が親になったらどうなるんだろう。
私自体いい加減な性格なのに局所ナーバス(めちゃB型!w)だから、将来の子育てを考えると、さじ加減がちょっと心配ですが・・・・愛情はたっぷり注いで、沢山会話していきたいな!と思っています♪
※ちなみに出産の予定はまだありません。(笑