MBSさんのちちんぷいぷい金曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の特別編『兵庫県姫路市』のまとめ。
 

 2020年09月04日(金)放送 

 

旅の内容:●河童と河田郎?!▲空飛ぶ犬?!■アマビエの先輩?!


スタートは兵庫県姫路市・JR『姫路駅』。目標点は姫路市・兵庫県立歴史博物館。約2キロのコース。

午後4:30、兵庫県姫路市、JR『姫路駅』の前(北口)からオープニング。気温38℃で日差しが強く、「照り焼きにされてるみたいです。」とくっすん。

 本日は、姫路城の前を通って、妖怪の特別展が開催されていた『兵庫県立歴史博物館』へ向かう。午後5:00の閉館後に特別に取材させてもらうよ。

 

 駅前で、妖怪アマビエについてトークする2人。

 くっすんは、アマビエを「チョコボールのキャラクターみたいな、キョロちゃんみたいな。」と例える。

 2020年にブレイクした妖怪・アマビエの他にも、疫病退散の妖怪がいるらしく、そんなお話しを聞きにゆく。

 

 スタート前に気になることが・・・。『姫路駅北にぎわい交流広場』にて、炎天下の中で、1~3人の聴衆を前に、歌を歌っている女性がいる。河田アナとくっすんは、その歌声に誘われ、手拍子などで盛り上げながら、聴衆に加わる。

 1曲[鹿乃さんの曲:『Stella-rium』]聞き終えた後、インタビューする。歌い手は、荒川莉乃さん。今日は姫路市に許可をもらって歌っている。「みんなこの暑さで気がまいってたりするかなと思って、そういう人たちを笑顔にできるような歌を歌えたらなぁと思います。」とのこと。あとカメラに向かって、「スカウト待ってるんで、ぜひお願いします。」とアピール。

 

 歌声に元気をもらい、姫路駅から北へ向かう。『西二階町商店街』を通りかかると、土曜日の夕方なのに人影がほとんどない。

 さらに歩くと、ベンチに座って休んでいる『猫男?』を発見する。

 

 姫路城の前を通りかかるも、やはり人影がほとんどない。姫路城を横目に歩いていると、『城見台公園』で準備運動している空手家を発見する。1年半前にベトナムから技能実習生として来日したグェンさんで、せっかくだから、空手の型を披露してもらう。

 少林寺拳法6級のくっすんがお礼にと演武を披露する・・・もウケない。

 

 友達と一緒に来日したが、家族はベトナムにいる。コロナの影響でベトナムに帰る飛行機がない。将来、ちょっとお金がたまったら、ベトナムに帰って両親と旅行に行きたいとのこと。

 

午後5:50、スタートから2キロ、目標地点の『兵庫県立歴史博物館』に到着。2020年6月23日(火)~8月16日(日)まで、特別展『驚異と怪異 -モンスターたちは告げる-』が行われた。

 

 妖怪を研究して30年という香川さんに、特別展を案内していただく。香川さんは日本の妖怪に関して、博士号を持っている最初の人間という。

 

 まずは、河童について紹介したコーナーを拝見する。昔は『カッパ』と言わず、『川太郎(かわたろう)』と言っていた。河田アナは『川太郎』と聞いて、自分の名前を呼ばれているかのように錯覚する。

 河童という名前は東日本の呼び方で、京都や大阪が文化の中心だった時代は、川太郎という名前の方がメジャーだった。西の川太郎は猿のような外見をしていたが、東の河童は、クチバシがとがっていて亀のような甲羅を背にもつ恰好をしていた。

 江戸が文化の中心になったことで、当初はマイナーだった河童という呼び方が普及し、見た目も今の河童のイメージへ変わっていった。

 

 川太郎に続いて、中国の天狗の絵を拝見する。今の天狗のイメージとはかけ離れれ、翼の生えた犬のような恰好で空を飛んでいる。もともと天狗は中国の妖怪で、本来は隕石のことを示していた。隕石が大気圏に突入するときに、『ごぉぉ~』と発する音を狗(いぬ)の吠える声に例えたことから、『天狗』と呼ばれるようになった。

 天狗は中国から日本に伝わり、どんどん変化していった。河田アナは天狗が隕石だったことから、「妖怪でもなんでもないんだ。」と言ったら、「妖怪です。」とキッパリおっしゃる香川さん。昔の人は、理解できない現象を妖怪として伝えた。

 

 最後は、コロナで話題になったアマビエのコーナーを拝見する。アマビエは江戸時代、後に疫病が流行るため、自分の姿を書き写し人々に広めることで、その疫病が鎮まると予言したと伝わる。

 しかし、実は江戸時代には流行らなかったアマビエ。そもそも”アマビエ””という名前が書き間違えだった。本家の名前は”アマビコ”で、カタカナの『コ』を『エ』と書き間違えて、今に伝わる。

 文字だけでなく容姿も変化した。アマビエとアマビコの絵を比べてみると、

あんまり似ていないようで、口のとんがり具合・三本足・髪の毛?など似ているところもある。つまり、描き間違えられて変化した。

 

 アマビエのような妖怪は、アマビエ以前に存在していた。アマビエはパクリ二番煎じなのだ。疫病退散にご利益のある、妖怪の元祖は、『神社姫』とのこと。そのイラストを見ると、アマビエと比べて見た目がけっこう怖い。

 江戸時代後期、コロリ(後にコレラと呼ばれる)が流行した際、神社姫は『コロリの難を逃れたくば、私の姿を描いて人に見せなさい』といって消えた。神社姫はアマビエより約30年前に、疫病退散の妖怪として広まった。

 

 アマビエや神社姫のことを知って、「ただこう人間が何か恐怖を感じたときって、何かに頼りたいんだな・・・。」とくっすん。それを受けて、まとめる香川さん。人間は、不安というものを軽くするために形にする。その結果生み出されたのが、様々な妖怪である。まさにアマビエが、不安を解消するために今もてはやされている。

 

■簡易チャート

スタート:兵庫県姫路市・JR『姫路駅』前→ 『姫路駅北にぎわい交流広場』 → 姫路城前 →『城見台公園』→目標地点:『兵庫県立歴史博物館』 (2km)

MBSさんのちちんぷいぷい金曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』33宿目のまとめ。【ロケ日/2020/07/28】

【33宿目・前編】 2020年08月07日(金)放送 

 

旅の内容:●白須賀宿 → 二川宿ファンタジーな浮世絵の世界■アートすぎる御朱印?!★みんな大好きな黒い雷神?!


スタートは静岡県湖西市・白須賀宿。目標点は愛知県豊橋市・二川宿。約17キロのコース(今回は前編)。

午前8:30、静岡県湖西市、白須賀宿[おんやど白須賀]の前からオープニング。今回は、タブレット越しに仏像芸人・『みほとけ』さんがリモート出演。昔偉では、以前から度々2人の旅に加わって、くっすんの存在を脅かすほどの存在感を示してきた。

 2人が静岡県から愛知県に突入すると聞き及び、県境にあるオススメのお寺に是非是非行ってほしい、とみほとけさん。

 

 スタートから2キロ、早くも、歌川広重が二川宿の浮世絵を描いた場所に到着。見たところ、特に目立ったところのない住宅地になっている。

 

 二川宿本陣資料館の学芸員の高橋さんに、リモート出演にて詳しいお話しをうかがう。

 古い資料を見ると、その昔この辺りに名物として柏餅が知られていたとのこと。二川宿の浮世絵には、柏餅屋が描かれている。

 

 高橋さんが400メートルほど西へ歩くと、浮世絵の景色に近いというので、そこへ移動する。なんとなく浮世絵の風景に似ている、と河田アナ。

 浮世絵は必ずしもみたそのままの風景を描いているとは限らず、二川と白須賀の間で有名だった茶屋や風景をうまく合わせて、1つの作品にしたと考えられる。

 

午前10:00、長かった静岡県の旅から、愛知県に突入する。興奮のくっすん、雄たけぶ。間髪入れず、みほとけさんから祝いのテレビ電話。

 そしてナムい耳より情報をもらう。愛知県は日本で一番お寺の多い県で、ご住職こだわりの『アートすぎる御朱印』があるお寺を教えてもらう。

 

スタートから4.5キロ、医王寺(いおうじ)に到着。1682年に創建された、曹洞宗のお寺。

 

 ご住職の山田さんに案内され、境内にある売店の中で、さっそくアートすぎる御朱印を拝見する。きれいなお花が、色彩豊かに描かれている。それは御朱印の域を超えて、もはや水墨画。

 御朱印のパターンは決まっていなくて、30年以上水墨画を学んできた、ご住職がリクエストに応えてオリジナルの御朱印を描いてくれる。つまり、みんな世界に1つだけの御朱印。

 医王寺の御朱印は人気殺到で、現在は会員制となっている。会員以外の方は、毎月1

1日午前8:00の電話受付のみ。

 

 せっかくだから、『昔偉』コーナーのために、目の前で御朱印を描いてもらう。2人の菅笠を入れてほしいと、リクエストするくっすん。

 下書きもせず、迷いなく筆を進めるご住職。下書きなんかしたら面白くないし、たとえ失敗しても誤魔化すのもテクニックという。

 完成した昔偉御朱印は、山や道や花に加えて、『河』と『く』の菅笠をかぶった2人が描かれている。その出来ばえに、多くの方が御朱印を描いていただきたいと思う、気持ちがよくわかると河田アナ。

 

 せっかくだから、リモート通話でみほとけさんに昔偉御朱印を見てもらう。「お~お。かっこい~い。」と感心する。

 ご住職にあいさつする、みほとけさん。「非常に一生懸命仏教のことも勉強されておって、いろんなお寺も行かれて、勉強させていただいてます。私の方が・・・。」と、ご住職に言わしめるみほとけさん。「やだもぉ~、ちょっと住職ったらぁ。」と、痛み入るみほとけさんであった。

 

午前11:50、医王寺を後にして歩いていると、近くのビニールハウスで収穫してきたキュウリを、ガレージで袋詰めしている、タオルを首にかけたタンクトップ姿のおとうさんに出会う。収穫したてのみずみずしいキュウリが山積みされていて、「もしよかったら、食べてみます?」と試食させてもらう。

 30分前ぐらいに畑で採ったキュウリを、1人1本ずつパクつく。野菜大好き?のくっすんも、おもわず笑顔があふれる。

 

午後0:30、地元の農家さんと別れ、豊橋発祥のお菓子会社へ向かう。 

 

 チョコレート菓子『ブラックサンダー』が開発された、工場に隣接する直営店へ入る。直営店では、期間限定やご当地限定のブラックサンダーが、約30種類購入できる。

 『有楽製菓 株式会社』は、1959年の創業と同時に、チョコレート製品の製造販売を手掛けた。1994年にザクザク食感を売りにした、ブラックサンダーを発売した。

 

 直営店の店長さんにお話しをうかがう。

 ブラックサンダーの人気はすごく、Tシャツやぬいぐるみ・サンダルなどのグッズも売っている。

 2020年で発売から26年になり、いまや年間販売本数は約2億本。

 しかし、そんなブラックサンダーも順風満帆なお菓子ではなかった。出来て数年は販売不振で、製造中止の時期もあった。販売不振の中でも、なぜか九州ではよく売れていた。熱意をもっていた九州担当の、営業マンが社長に直談判して、九州限定で再販売した。九州での人気は根強く、それからブラックサンダーの伝説が幕を開けた・・・。

 

 せっかくだから、直営店限定の『ブラックサンダーの詰め放題』に挑戦する、河田アナとくっすん。お店が用意する透明の袋に詰める。

 詰め放題の達人・モモコさん曰く、「まずは、袋を伸ばすんや。」を思い出す河田アナ。その教えに従い、なんとか伸ばして容積を広げようとするが、いかんせん伸びないタイプの袋。無理やり伸ばそうとしたら、袋が破れてしまったので、交換してもらうくっすん。

 気を取り直して、再挑戦。コツは、隙間を無くしながら、縦に敷き詰めていくこと。ズボラなくっすんだが、きれいにチョコを積み上げ、店長さんにボーナスを追加してもらう。

 雑にチョコを積み上げた河田アナも、ボーナスをもらう。2人とも仲良く、42個獲得した。

 

午後2:00、直営店を後にしてすぐ、みほとけさんからリモート通話が入る。なんと、阿弥陀如来にコスプレしているみほとけさん。今度は、普門寺というお寺をオススメされる。そこは重要文化財の仏様が集まっている、仏像好きにとってはパラダイスとのこと。

 前半戦はココまで。後半へ続く・・・。

 

 

 

【33宿目・後編】 2020年08月21日(金)放送 

 

旅の内容:●白須賀宿 → 二川宿▲豊橋の奇抜な名物?!■仏像を抱けるお寺?!★本陣は子供の遊び場


スタートは静岡県湖西市・白須賀宿。目標点は愛知県豊橋市・二川宿。約17キロのコース(今回は後編)。

 

午後2:00、お腹が減ったので昼ご飯を食べる店を探す。発見した『めん処 しなの庵』に入店する。

 店主さんに『豊橋カレーうどん』についてうかがう。

 ご飯の上にとろろがのって、その上にカレーうどんがのった?、斬新な料理。

 

 河田アナ・くっすんともに、豊橋カレーうどんを食べる。見た目は、深い入れ物に入った、普通のカレーうどん。もっちりとした細めの麺で、そんなに辛くないカレーと河田アナ。カレーの中のとろろが、辛さをマイルドにしているらしい。

 うどんを食べ進めていると、カレーの中から、カリッとしたおにぎりがこんにちは。カレーのお出汁にめちゃめちゃ合うと絶賛する河田アナと、同意するくっすんであった。

 

午後3:00、東海道を外れ、みほとけさんのオススメする、お寺を目指している。 

 アスファルトの道路を横断している、黒い毛虫を発見する。黒い中にカラフルなグラデーション模様があり、しっぽ?を激しく揺らしている様を観察する2人。

 そこに一台の車が通りかかり、轢かれやしないかと心配する。まさかそうはならないだろうと思いつつも、『踏まれんなよ。』と声をかけるが、すぐに2人の絶叫に変わった。南無三・・・

 

 気を取り直して、お寺に再出発、坂道が続いている。「坂って知っていたら、お断りしたのにな。・・・みほとけ、余計なことしてくれたなぁ、もぉ~。」と愚痴をこぼすくっすん。

 

 山の中腹にある、普門寺に到着。約1300年前に創建された、真言宗のお寺。秋には、境内の紅葉目当てに、多くの参拝客で賑わう。

 

 ご住職に案内され、重要文化財の秘仏を特別に拝観させていただく。蔵の中に入り、ライトが点灯し、6体の仏像と対面。中央の2体が『釈迦如来』・『阿弥陀如来』、その左右脇侍に、四天王『多聞天』・『広目天』・『広目天』・『増長天』・『持国天』を配する。

 四天王の迫力に圧倒されるくっすん。そして、『釈迦如来』像の頭部と、みほとけさんの釈迦如来コスプレの頭部が、まったくいっしょの造形だと気づく。

 

 みほとけさんにもタブレットから、如来像・阿弥陀像をリモート拝観してもらい、解説も頂戴する。

 平安時代の仏像の特徴として、貴族に愛される、優しくてお肌の張りがパンっとしている、そして現実味を帯びてないような滑らかな体つきがあり、それがよく表現されている。

 くっすんは、ほっぺたがふっくらしているからちょっとおデブちゃんに見えるとコメントし、みほとけさんはおデブちゃんこそ平安時代のモテだと解説する。

 

 みほとけさんが阿弥陀像で2人に注目してほしいところは、手元。親指と人差し指の間に、水かきがある。縵網相(まんもうそう)といって、阿弥陀様が我々みんなを漏れなく救ってくれるためにある。

 

 四天王もリモート拝観していると、こわもて増長天の顔が河田アナに似ていると指摘するみほとけさん。本人曰く、「こんな恐い顔していないでしょ」。くっすん曰く、『10年間歩いてきて、3・4回されたことある。』

 

 普門寺には見る仏像だけでなく、大きな赤ちゃんサイズの、抱っこできる邪鬼の御像・『抱き邪鬼』がある。平安時代の作品で、れっきとした仏像。平安時代の仏像にさわることができるのは、普門寺だけ

 今回特別に『抱き邪鬼』を抱っこさせてもらうのは、くっすん。「なんか他人じゃない気がする。」とシンパシーを感じ愛おしく思う。

 河田アナに「誰に踏まれてんの?」と聞かれ、「河田さんに踏まれてる僕ですよ。」と返す。

 

 ご住職が最後にと、『700組限定!金剛力士 切り絵御朱印・見開き御朱印セット』をちゃっかりと宣伝する。

 

午後5:00、期せずして、アスファルトの道路を横断する黒い毛虫に再開する。同じ個体なのか、不死身なのか、ともあれ喜び、車には気をつけやと忠告して別れを告げる。

 

東海道に戻り、

スタートから17キロ、目標地点の二川宿[二川宿本陣資料館]に到着。日本橋から数えて33番目の宿場で、空襲の被害を受けず、昔の街並みが残っている。江戸時代に大名や武士が宿泊していた本陣は、資料館として使われている。

 

 本陣を営んでいた馬場家の当主・馬場勝彦さんに、資料館の中を案内してもらい、お話しをうかがう。

 馬場さんは、60歳まで本陣に住んでいた。本陣の広さは472畳もあるが、非常に住みにくい建物だったそう。冬は木戸を閉めても、すきまっ風がすっごい

 小学校時代は、みんなで本陣の中で遊んでいた。今は文化財に指定されている本陣の宿帳を、当時は開いて遊んでいた。宿帳が文化財に指定されたとき、「よくこんなにきれいにしてましたね。」って、かえって褒められたとか。

 最後に馬場さんに通行手形を書いてもらい、二川宿の通行許可をいただく。

 こうして、東海道五十三次・33宿目の島田宿への旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:静岡県湖西市、白須賀宿[おんやど白須賀] → 二川宿の浮世絵を描いた場所 (2km) → 医王寺 (4.5km) →『有楽製菓 株式会社』→ 昼食:『めん処 しなの庵』→ 普門寺 → 目標地点:二川宿[二川宿本陣資料館] (17km)

MBSさんのちちんぷいぷい金曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第17章『東海道五十三次の旅』31宿目~32宿目のまとめ。

【31宿目】 2020年07月24日(金)放送 

 

旅の内容:●舞坂宿  新居宿▲ぷいぷいの弥二さん喜多さんコンビ復活■待ちに待ったうな丼★江戸時代へタイムトラベル?!
スタートは静岡県浜松市・舞坂宿。目標点は静岡県湖西市・白須賀宿。約11キロのコース(今回は前編)。

午前8:30、静岡県浜松市、舞坂宿からオープニング。2人はあいにくの雨でビニール傘を差し、変わったデザインのマスク着用。コロナ自粛でロケ中止を余儀なくされ、約3か月間ほぼ会うこともなかった、河田アナとくっすん。

 旅はできなかったので、”約10年旅を続けてきた河田とくっすんが厳選!名物やご当地グルメの絶品お取り寄せをご紹介!”するコーナー、『昔の人は偉かった特別編・7000kmを歩いて見つけた本当にうまいお取り寄せ』で、一人リモート出演していたくっすん。そんなコーナーは、スタジオのモモコさん・吉弥さんに高評価で、それがくっすん家の子どもたちを喜ばせている。

 

 久しぶりのロケ再開にあたり、ソーシャルディスタンスを意識しつつ歩く。2人がこれから付けていくマスクは、スタッフさんお手製とのこと。『河』と『く』の菅笠が描かれた、斬新なデザイン。

 

 浜名湖のほとりで、浜名湖を解説する河田アナ。浜名湖の面積は琵琶湖の10分の1ほどで、その特徴は淡水と海水が混ざり合った汽水湖であること。汽水のことを、薄じょっぱいと表現するくっすん。

 

 少し離れた湖のほとりに、広島・厳島神社のシンボルをほうふつとさせる、朱色の鳥居が見える。その名も『弁天島シンボルタワー』で、昭和48年に建てられた。

 

 弁天島シンボルタワーを横目に、乗船場に到着。江戸時代の旅人は、浜名湖を船で渡っていた。

 弁天島遊船組合の会長さんに、お話しをうかがう。

 江戸時代は、ここから新居宿まで船で2時間くらいかかった。今だったら、全速力で10分以下でいけるとのこと。

 

 会長さんに小型の船に乗せてもらい、新居宿を目指す。海と違って波もなく、快調に快適に進む。

 船は、湖中にある弁天島シンボルタワーの近くを通る。夏にはシンボルタワーの辺りで、こどもたちが(大人も)魚を捕るなどして磯遊びして楽しむ。汽水湖の浜名湖は、海水魚と淡水魚が生息し、約800~1,200種も生息している。

 

 くっすんが湖面に指を突っ込み、指先を舐める。その味は、やっぱり薄じょっぱいという。「コーヒーで言うなら、アメリカンですね。」と例える。何でも舐めて味を確かめるくっすんに、やめた方がいいと忠告する河田アナであった。

 

午前9:15、歌川広重が新居宿の浮世絵を描いたポイントに、船で到着。

 新居宿の浮世絵には、浜名湖の手前・真ん中・奥に舟が遠近法を駆使して描かれ、武器の取り締まりを行った関所も、ワンポイントで描かれている。

 真ん中の舟はお殿様が乗っていて、家紋が描かれている。その後ろの舟では、お供の者たちが寝そべったりあくびしたりしている。

 

 船上で、スタッフさんから提案が持ちかけられる。新居宿に行く前に、1キロほど遠回りになるけど、ウナギを食べられる場所を用意したとのこと。コロナ前に食べ損ねたウナギを食べに、ルートを変更して浜名湖を南へ移動し、浜松市から湖西市へ入る。

 

午前9:30、湖西市の乗船場に到着。陸に上がり50メートルほど歩いて、海湖館に到着。海にちなんだ様々な体験学習ができる施設で、くっすんが『うなぎつかみ』と書かれた看板を発見する。

 なんと、自分でつかんだウナギをうな丼にして食べる体験ができる。スタッフさん曰く、河田アナとくっすんで1尾捕まえてもらおうと。そこでくっすんは、先にウナギを捕獲した方が、1尾のウナギの分配比率を決められるという提案をして、河田アナも了承する。

 

 館の外にある、水遊びできる人口の浅瀬に4匹のウナギが放たれ、ウナギつかみ対決開始。先にカゴへウナギを入れた方が勝ち。うなぎつかみの料金は、1尾4,000円。(ごはん・みそ汁の追加は+200円)。

 

 水の中で素早く泳ぐウナギに、翻弄される2人。策士の河田アナは、浅瀬のより浅い場所へ、ウナギを追い込む作戦を発動する。ウナギの後方から手ですくった水をかけて、ほとんど水位のない場所へ追い込み、ピチピチ跳ねるウナギをつかむ。

 だがしかし、ウナギはヌルっと手から這い出て、また浅瀬に落ちる。もう一度、トライし、今度こそカゴにダンクする河田アナ。

 

 捕獲したウナギは、海湖館の方がさばいて焼いて、美味しそうな白焼きへ・・・。

 ウナギの分配は勝者が決めるはずだったのに、なぜかくっすんが決めようとして、「なんでやねん。」と的確にツッコむ河田アナ。くっすんには尻尾の方ちょっと食べたらいいじゃないと言う河田アナ、ひ弱な僕に栄養を採らしてとうったえるくっすん。結局優しい河田さんは、半分半分でと仲良く分配。

 半分こしたウナギに串を刺して、蒲焼のタレをつけて焼いていく。

 

 出来上がったうな丼(+みそ汁)を、お外のテーブルでいただく。分厚くて弾力のある焼きたてウナギを食べて、ホクホクな2人。「ウナギなんて、何年ぶりやろ。」とくっすん。でも、この間”Hotto Motto”のウナギ弁当を食べていたことを、すぐに思い出した。

 

午前11:00、ここからいつもの歩き旅。

海湖館から歩くこと4キロ、

スタートから4.5キロ、新居宿[新居関所]に到着。新居宿は多くの人が行き交う交通の要所とされ、武器の持ち込みを取り締まる関所が設けられた。

 現在は、当時の雰囲気を残したまま、資料館として利用されている。

 

 湖西市教育委員会の切池さんに、関所の前で詳しいお話しをうかがう。

 江戸時代に建てられた関所で、唯一現存する建物。

 当時の関所の風景を、VRで見ることができるとのこと。タブレットをお借りして、センサーを読み込むと、タブレット画面にタイムトンネルの入り口が表示される。タブレットを持ちつつ歩くと、タイムトンネルの中へ入り、江戸時代の関所へワープ。

 

 タブレットを通して見ると、関所の前には湖、その向こうに富士山がある。今は埋め立てられているが、江戸時代は関所の前はすぐ浜名湖だった。新居関所の東側に船着場があって、浜名湖を渡った旅人は必ず関所を通っていた。

 タブレットを胸の前に構えた、切池さんと河田アナとくっすんは、関所の周りをウロウロしてVRの世界にひたる。くっすんは、そんな自分たちをはたから見たら不思議に見えるだろうと思った。

 

 切池さんが新居関所の宣伝を口上していると、突然に土砂降りになって、関所の建物に避難する。雨でくっすんは出どころがなくなったと言うが、「まぁ、雨降ってなくても、なかったと思いますけどね。」と辛らつな河田アナ。

 切池さんに通行手形を書いてもらい、新居宿の通行許可をいただく。こうして東海道五十三次・31宿目の新居宿へたどり着き、この日はさらに白須賀宿を目指す。後半へ続く・・・。

 

 

 

【32宿目】 2020年07月31日(金)放送 

 

旅の内容:● 新居宿  白須賀宿手筒花火で疫病退散■初めての海で感動!?★通行手形を探せ!?


スタートは静岡県浜松市・舞坂宿。目標点は静岡県湖西市・白須賀宿。約11キロのコース(後編)。

午後0:30、静岡県湖西市、新居宿にある新居関所を、止まない雨の中、後にする。

 

スタートから5キロ(前編から合わせて)、諏訪神社に到着。諏訪神社では、毎年7月下旬に、3日間のお祭りが開催される。残念ながら、2020年は開催中止。

 お祭りで奉納される、手筒花火が有名。

 

 境内にて、湖西市観光交流課の松山さんに、手筒花火についてお話しをうかがう。

 失礼にも、くっすんは第一印象から「不良じゃないですか。」と言ってしまい、不良だと即答する松山さん。赤いねじり鉢巻きを巻いたヤンチャな見た目だが、エリート公務員。

 

 過去のお祭り・『新居諏訪神社 奉納煙火祭礼』で撮影した映像を、タブレットで拝見する。丸太のような手筒花火を持った男衆が、真っ暗な闇を、10メートルくらい上がる火柱で赤く染めて、迫力満点。

 映像の中の松山さんは、楽しそうに笑いながら、手筒花火を抱えてはしゃいでいる。神様に喜んでもらうためには、しかめっ面出さずに、みんなでワイワイ騒げばよいのだ。

 

 新居の手筒花火の歴史は、江戸時代に太平な世の中になり、鉄砲の火薬が祭事や娯楽のための花火へかわっていったといわれている。

 手筒花火を操るのは町民で、町民がみんな花火師だと思ってくれればいいとのこと。

 

 パッとしなさ具合がにじみ出ている、くっすんのために練習用の手筒花火を用意してもらった。

 持ち方や掛け声を教えてもらい、いざ挑戦。コロナ退散を願い、バーナーで点火。降り注ぐ火の粉を熱がりながら、威勢よく掛け声をあげるくっすん。髪の毛が焼けていると、心配する。練習用でこの熱さなら、本番の熱さは尋常じゃないだろうと感想。

 

 お祭りは中止だが、コロナで頑張っている医療従事者たちや世間全般を元気づけようと、密集を避けて日時などの告知せずに、遠く離れた場所でも見えるように花火しようと計画中だと松山さん。

 

午後1:30、昼ご飯が早くて小腹が空いてきた2人は、たい焼き屋さん・『平太郎』を発見。くっすんが取材交渉し、河田アナに無茶苦茶交渉へたくそとダメ出しされる。

 近場のベンチで、買ったたい焼きを食べる。河田アナはあんチーズ味を、くっすんはこしあん味をいただく。あんこの甘みとチーズの塩味がちょうどいいと河田アナ。

 

午後2:30、再出発したところで、下校中の小学生たちと出会う。2年生で、今日の学校の感想をうかがうと、授業が楽しくなかったとのこと。

 くっすん・河田アナの背負う菅笠で、こどもたちに文字の勉強を教える。菅笠の『河』の文字は、まだ習ってなくて、『何』の文字と間違われる。

 

スタートから8キロ、地元の女性に挨拶すると、東海道を宣伝してくださいとお願いされる。白須賀宿に行くには、急な坂道を登っていかなきゃとのこと。

 

 雨が降ったり止んだりするなか、

スタートから10キロ、東海道五十三次コース『潮見坂』に到着。ほんとに急な坂で、ひーこらひーこら言いながら登っていく。「やっぱり、長~いことロケ休んでたから、こうちょっと体力落ちてるのかもしれないですね。」と、傘を杖がわりにしながら歩く河田アナ。マスク装着で、さらにしんどい。

 

スタートから10.5キロ、潮見坂の案内板にたどり着く。案内板には、広重の白須賀宿の浮世絵が載っている。2人が、登ってきた坂を振り返ると、波の高い海が見える。

 白須賀宿の浮世絵には、潮見坂を登る、旅人たちの長蛇の列・潮見坂越しに見える海が描かれている。

 

 白須賀宿の浮世絵について、いつもなら専門家の方に直接お話しをうかがうところ。

 今回は、リモート出演で登場してもらう。タブレットの上側に菅笠の紙をつけ、下側に旅人の体の紙をつけたものを用意していた。タブレットに専門家の顔を映して、双方向で会話する。

 

 地元の歴史に詳しい、森さんにお話しをうかがう。

 京都から歩いてきた旅人が、初めて太平洋を眺められる場所が潮見坂で、広重がそうの特徴を浮世絵にしたのではないかとのこと。西からの道中、三河湾や伊勢湾など湾内の海は見ることができるが、水平線が見られるような海ではない。

 この海を見た旅人は、きっと感動したはず。

 

 宿場ごとにもらっている通行手形は坂を登った場所にある資料館にあるから、何処にあるか探していただきたい、と森さん。分かりにくいところに隠してるんですかと河田アナが探りを入れると、「さあ、どうでしょうね。」とはぐらかされる。

 

午後4:30、スタートから11キロ、坂を登りきり、目標地点の白須賀宿[おんやど白須賀]に到着。白須賀宿には、江戸時代に本陣1軒・旅籠27軒が立ち並んだ。

 『おんやど白須賀』は、白須賀宿の歴史を伝える資料館で、休憩所としても利用されている(入館無料)。

 2人は、資料館の中に入って通行手形を探す。展示室に、江戸時代で賑わっている白須賀宿のジオラマがある。江戸時代の町民たちのフィギュアの中に、番組で作った河田アナ・くっすんの3Dフィギュアがとけこんでいた。3Dフィギュアの上に白須賀宿の通行手形が、さりげなく置いてある。

 最後に、森さんの書いた通行手形をゲットして、白須賀宿の通行許可をいただく。こうして東海道五十三次・32宿目の白須賀宿への旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:静岡県浜松市・舞坂宿 → 浜松市の乗船場 →『弁天島シンボルタワー』→  新居宿の浮世絵を描いたポイント → 湖西市の乗船場 → 早めの昼食:『海湖館』 → → 新居宿[新居関所] (4.5km) → 諏訪神社 (5km) →『平太郎』→ 『潮見坂』(10km) → 目標地点:白須賀宿[おんやど白須賀] (11km)