MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』1日目(初日)~2日目のまとめ。
【1日目】 2018年05月10日(木)放送
旅の内容:●京都 本昌寺 [水行]▲歴史ある大学馬術部を見学■お釈迦さまのエリート弟子★本日は水行日和?!
スタートは京都府京都市左京区・鞍馬寺。ゴールは京都府京都市上京区・本昌寺。約15キロのコース。
午前8:00、京都府京都市にある、鞍馬寺の参道階段からオープニング。新章・修行場めぐり一発目ということで、ツライ・苦しい・大変な等、ネガティブなイメージが先行するくっすん。
今回の修行テーマは、『水行』と河田アナが発表する。『すいぎょう』と聞いて、「美味しそうですね。」とくっすん。スタジオの桂南光さんと同じく、『水餃子』を思い浮かべた。発想が同じで、悔しがる南光さん。
午前8:10、気温13℃と、水行にはもってこい?の肌寒さ。ゴールでの水行が如何なるものか、不安をいだきつつ歩く。
スタートから1キロ、修行好きのおとうさんに出合う。河田アナが『修行場めぐり』について説明すると、修行のだいぶ足らんくっすんには、もってこいだという。おとうさんは、6月に大峯山で3泊4日の奥駈修行をする予定で、過去に5回ほど行った。
大峯奥駈修行は、入社1年目の河田アナも体験した山岳修行で、熊野~吉野の山道を100キロほど歩く。
しばらく歩くと、修行嫌いなおとうさんに出合う。完結したばかりの『近畿湯治場めぐり和歌山編』について、羨ましい・行きたいと感想をもらう。
また、河田アナが『修行場めぐり』について説明して、修行のご経験があるかうかがうと、苦しいの嫌で、ないとのこと。おとうさんとくっすんは、楽な所・楽な所ばかり行く性質が同じだと意見が合い、握手を交わす。
午前9:30、京都市左京区から京都市北区へ入る。
スタートから5キロ、京都産業大学総合グランドにて、京都産業大学馬術部の取材をする。大学創立時の1965年に創部され、過去に全国優勝の経験がある。ちなみに関西では、13の大学に馬術部がある。
馬術の競技には、コース上に設置された障害物を越えながらタイムを競う障害馬術、様々なステップを踏み演技の正確さや美しさを競う馬場馬術などがある。
馬術部の水野監督に案内してもらい、体育の授業中での馬術を見学する。
学生さんが乗る馬はすべて競技馬で、その中に異色な経歴を持つ馬がいる。知る人ぞ知る『ビッグウィーク』で、2010年のGI菊花賞を制覇した。競走馬引退後は、馬主さんの希望により、馬術で活躍するようにと馬術部へ預けられた。
馬術部は他にも、上賀茂神社の神馬を管理・飼育している。
部員の大学生に、馬場馬術を見せてもらう。一見して、乗り手が馬に指示を出しているようには見えないが、そんなところを審査されるので、あえて見えないようにしている。さりげなく、手綱や足などで馬に指示を送っている。
監督さん曰く、周りの人は何もしていないのに、馬が好んでダンスを踊っているように見えるのが馬場馬術。
乗馬経験のある河田アナが、乗馬服に着替えて、ちょっとだけ馬術体験。思ったより馬からの眺めは高く、お散歩する馬の鞍の上で踊らされただけであった・・・。
馬術部の、4年生の杉本さんと2年生の森田さんに、インタビューする。杉本さんは中学生の頃から馬術を始めて、京都産業大学馬術部に入るのが夢だった。森田さんは小学4年生から始めて、最初は競馬のジョッキーを目指していたとのこと。
京都産業大学には現在いないが、中学生・高校生のときから自分の馬を飼い始め、その馬を大学に連れてきて、パートナーを組む選手も多い。競技会には、その都度状態を見極めて、人と馬をベストな組み合わせで出場させる。
最後に、馬術部で大切に受け継がれている宝物を拝見する。高級ブランドで有名となった、エルメスの鞍である。エルメスは、1837年にフランスのティエリ・エルメスが馬具工房として起ちあげた。
日本馬術の創始者・遊佐幸平がアムステルダムオリンピック出場したときに、現地で購入して愛用し、馬術部初代監督に譲り渡した。それ以来大切に保管されている、年々革に味わいが増す鞍のように、馬術部も歴史を積み重ねていければいいなと思う監督さん。
午前10:40、鴨川沿いを南へ歩き、市街地へ入る。
午前11:10、スタートから9.5キロ、握手を求められたおかあさんに、泣いてばっかりとダメ出しされるくっすん。これから水行しにいくと伝えると、今日は寒いからやめた方が・・・とおっしゃる。
スタートから10キロ、畑の中にひっそりと建つ、『牛若丸生誕の地』の石碑前に到着。所在地は北区紫竹牛若町にあり、石碑の裏側に古井戸が残る。『牛若丸誕生井』で、ここの井戸水を産湯に使ったとされる。
さらに畑の中にあるポツンと立つ、一本の木の下には、『牛若丸胞衣塚』があり、牛若丸のへその緒と母・常盤御前の胎盤が祀られている。
畑を所有されている上野さんは、代々源家に仕えた上野家で、今もこの地を守っている。さすが京都、住宅地の真ん中に歴史ポイントが残っていると河田アナ。
午前11:50、お昼ご飯を食べるお店を探して住宅街を歩く。
お店の前に座っているおとうさんが、絶対おいしいと太鼓判を押す冷めん目当てに、
午前0:10、『中華のサカイ 本店』にて昼食。河田アナ・くっすんともに、『冷めん焼豚入り定食』を食べる。冷めんはもちもちの太麺で、ゴマだれにカラシのアクセントが絶妙。
午後2:20、スタートから13.5キロ、千本釈迦堂・大法恩寺に到着。1227年に創建され、応仁の乱などの戦火を免れた本堂は、国宝に指定されている。
境内にある歴史資料館・霊宝殿を、清水さんに案内してもらう。
快慶作の『十大弟子像』は、鎌倉時代に作られた。十大弟子はいわば、お釈迦さまにいた約1,250人の弟子の中で、トップ10のエリート。その中の一体を指さして、「このマッケンローさん、南光さんに似てません?」とくっすん。正しくは、目犍連(もっけんれん)さん。
十大弟子は人里離れた獣がいる場所で、21日間座禅の修行を行ったといわれる。座禅では、「今日は何をしたか、昨日は何をしたか。」と過去の記憶をたどり、生まれるときまで遡る。それが成就できたら、晴れてお釈迦さまの弟子になれるとのこと。くっすんは、「絶対、寝てしまいます。」とコメント。
十大弟子の一人・阿那律さんにあっては、うかつにもお釈迦さまの説法中に寝てしまったという逸話が残る。やらかした阿那律(あなりつ)さん、「今後一切、眠ることは致しません。」という誓いをたてて、体に障るから寝なさいと、お釈迦さまに至極まっとうなことを言われた。それでも一度たてた誓いを守ると寝なかったので、失明した。その引き換えに、心眼を開いた。
清水さんに、これからの修行場めぐりのアドバイスをお願いする。お釈迦さまの説いた、仏教の実践徳目・八正道(正見、正語、正思惟、正業、正命、正精進、正念、正定)に挙げられているような、正しい心づかいが身についていないと、修行できないという。
それを聞いたくっすんは、まだ自分は修行するには早いと、水行の延期をうったえるが、河田アナに即却下される。
午後3:10、千本釈迦堂・大法恩寺を後にして、後は修行の場・本昌寺を目指すのみ。いつもは早くゴールしたい一心のくっすんも、水行を恐れ、ゴールしたくない気もする。しかも、水行日和の気温13℃。
スタートから7時間、
スタートから15キロ、修行場の本昌寺に到着。1663年に創建された日蓮宗のお寺。修行の前に、ご住職の児玉さんに、一般人でも体験できる『水行』についてうかがう。
水行とは、シンプルに水を被って、体と心を清める修行。体の内側・外側、仏教の六根(眼・耳・鼻・舌・身[体]・意[意識])を清める。
日蓮宗の水行は、大荒行と呼ばれる修行で行われる。大荒行では、寒い時期の午前3時から始める、1日7セットの水行とお堂の中での読経を、百日間繰り返す。鎌倉時代に、日像上人が日蓮宗の布教を成就するため、鎌倉の由比ヶ浜で海に浸かり、100日間読経したのが、始まりとされる。
ご住職は、今年で5回目の大荒行を終えたとのこと。荒行では、声がガラガラになったり、足が腫れ上がったりする。
まだ修行の逃げ道を探すくっすん、水行の途中でのギブアップはありか聞いてみると、「なしですね。」と一喝するご住職。
ジャージから白ふんどし一丁に着替えた河田アナとくっすんは、袈裟から白装束に着替えたご住職に先導され、境内のお庭へ移動する。大きな桶にたっぷりと汲んである本昌寺の井戸水を、ご住職が火打石の火花で清める。
体を水に慣らすため、その水を手・足・体に軽くかけてゆく。この段階で、「冷たい」という2人に、「冷たいとか、言わない。」とご住職の喝。
水行の基本動作は、大きな桶から手桶で水を汲み、首の後ろに勢いよくかける。水が首から背中を流れることで、体の気の流れも刺激するといわれている。
お経の一部を唱えながら、基本動作を10数回ほど繰り返す。ご住職のお手本を見て、河田アナ・くっすんも水をかける。しっかり2人の様子を見ていたご住職は、「(水が)かかってない、かかってない。」と、くっすんの不正?に物申す。水は首を通り越えて、体に当たらず空気にかかっていたのだ。「だって後ろ言うから・・・。」と弁解するくっすん。
仕切り直して、3人でお経を唱えながら、約2分間ひたすら水を被る。観念したくっすんもしっかり水をかけ、なんとか水行に耐えた。
水行を終えてホッとする2人。水行中は無心になれた、と河田アナの感想。くっすんは体が震えているが、最初冷たかった付け根が温かくなってきたと感じる。
一般の方々は、就職・結婚・子どもの誕生など、人生の節目節目で水行をする人が多いとのこと。
水行の後、約20分の御祈祷を受け、修行体験を全うする。最後に、『昔の人は偉かった』で作ったオリジナルの御朱印帳に、本昌寺の御朱印を授かる。
■簡易チャート
スタート: 京都府京都市左京区・鞍馬寺 → 京都産業大学総合グランド (5km) → 『牛若丸生誕の地』 (10km) → [昼食]:『中華のサカイ 本店』 → 千本釈迦堂・大法恩寺 (13.5km) → ゴール:本昌寺 (15km)
【2日目】 2018年05月17日(木)放送
旅の内容:●京都 萬福寺 [座禅]▲西郷どん直筆の掛け軸■伝統の宇治茶栽培を見学★出しっぱなしでデトックス?!
スタートは京都府京都市東山区・東福寺。ゴールは京都府宇治市・萬福寺。約14キロのコース。
午前8:00、京都府京都市東山区にある、東福寺の境内からオープニング。
東福寺は鎌倉時代に創建され、東大寺の『東』と興福寺の『福』をとって名付けられた。紅葉の名所で、毎週日曜日の朝に座禅会を行っている(無料)。
境内にある、西郷どんゆかりの場所へ移動する。普段は非公開となっている即宗院で、東福寺塔頭のひとつ。1387年に、薩摩藩大名・島津氏久によって建立された。それから薩摩藩の菩提寺であり、西郷隆盛も訪れたといわれる。
薩摩の下級武士の家に生まれ、藩主の島津斉彬に取り立てられ、倒幕派として活躍した隆盛。清水寺の僧侶・月照とともに、即宗院で倒幕の密会を行った。しかし、江戸幕府に目をつけられ、2人は入水自殺を図る。そして、隆盛だけ生き残った。
その後、隆盛は戊辰戦争を指揮するなど目覚ましい活躍をして、明治維新を果たした。
前ご住職の杉井さんの案内で、即宗院にある隆盛直筆の掛け軸を拝見する。ふすまの前に掛けられている大きな掛け軸。書かれている文章を、杉井さんが歌いながら意訳してくれる。「いい湯だな、ハハハ。いい湯だな、ハハハ。ここは鹿児島、白鳥おん~せん~。」とドリフターズの名曲にのせて。
実は、隆盛が明治6年に政府の役職を辞任し、鹿児島で温泉めぐりをしているときに描いた詩。温泉めぐりをしていたが、お金がなくてごちそうは食べられなかった。 そんな貧乏な隆盛を聞きおよんだ幕府側の勝海舟は、お金を渡そうとした。直接渡せば突っぱねられるのは目に見えているので、この詩を書かせて買い取る形でお金を渡し、隆盛のメンツを保った。
敵同士でありながら、最後はお互いの実力を認め、納得した西郷と勝の美談。そんな美談を聞いたくっすんは、「(ライバルが)困ってたら、ニヒってしそう。」と喜んじゃうとのこと。杉井さんはそんなくっすんを、「その素直さも必要ですね。」と認める。
宇治市を目指し。南へ歩くこと10分、
午前9:10、お元気な90歳のおばあちゃんに出会う。元気の秘訣をうかがうと、好きなもんを食べて、デイサービスに行っていること。デイサービスでは童謡などを歌うのが好きで、朝起きたらすぐ歌うほど。
スタートから1.5キロ、観光客で賑わう、伏見稲荷大社へ通じるメインストリートを歩く。店頭で焼いている、うずらの丸焼きが目をひく。『稲福』の店主・本城さんに話をうかがうと、本当はすずめが稲荷の名物とのこと。
伏見稲荷大社は五穀豊穣の神を祀っているので、五穀を食べるすずめを懲らしめるために、この地域では食べる風習があり、今も残っている。
普段は店内でしか食べられないすずめの丸焼きを、お店の前で1串ずつ食べる。すずめを見てくっすんが一言、「この顔の面長な感じが、河田さんに似てますね。」。「なんでやねん。どこが似てんねん。」とツッコむ河田アナ。
そのお味は香ばしく、骨までパリパリ美味しくいただける。通のお客さんは、一番おいしい頭から食べるそう。
午前9:50、外国人観光客が目立つ、メインストリートをさらに進む。伏見稲荷神社は旅行サイトのトリップアドバイザーで、『外国人に人気の日本の観光スポット』に4年連続1位に選ばれている。
伏見稲荷神社の前で、ワシントンから旅行でやってきた3人連れに出会う。インスタグラムにのせる、ビデオや写真を撮っているとのことで、境内で撮ったフォトジェニックな写真を見せてもらう。
神社の感想をうかがうと、アメリカと違う文化で、片言の日本語でも優しくもてなしてくれたので、素晴らしかった。ちなみに、うわさのトリップアドバイザーを見てやってきた。
午前10:20、深草飯食町を通る。くっすんは標識を『ふかくさ・めしくいまち』と読むが、正しくは『ふかくさ・いじきちょう』。名前から、近くに美味しいお店があると期待するくっすん。しかし、町内にそれらしい飲食店は見つからなかった。
午前11:30、スタートから6キロ、京阪電車『伏見桃山駅』前で、お昼ごはんを食べるお店を探す。あれこれ目移りするので、地元の方にオススメのお店を紹介してもらう常套手段をつかう。
ランチをやっている焼肉屋さんが近所にあるとのことで、通りすがりのサラリーマンに案内してもらう。くっすんがお店に撮影許可をもらいに入ると、OK牧場。
午前11:50、『京ホルモン 蔵』にて昼食。河田アナ・くっすんともに、『ステーキ定食』を食べる。やわらかでボリューミーなステーキは、おろしポン酢のタレでいただき、さっぱりジュースィー。
スタートから9.5キロ、京都市と宇治市の境界線上にある道路を歩く。その道路で、くっすんは宇治市側に寄り、河田アナは京都市側に寄って歩く。
午後1:40、くっすんだけ宇治市に入る。道で会ったお方に、「宇治のくっすんです。」とあいさつする。
2人が離れて、道の端っこを進むので、「もう、カメラさんがめちゃくちゃ撮りにくいから・・・。」と河田アナが言い、くっすんがもどってくる。
スタートから10キロ、宇治川を渡り、1.5キロ歩き、
道路の上から、黒いネットに覆われているお茶畑が見える。その先に、よしずとワラを被せたお茶畑が見える。よしずとワラを使った、伝統的なお茶の栽培・本ず被覆をおこなっている、山本さんに茶畑を見渡せる道路でお話しをうかがう。
宇治茶の特徴は、茶畑に直射日光が当たらないように覆いをして、新芽を育てて栽培する。鎌倉時代に明恵上人が宇治で広めたのが、宇治茶の始まりとされる。
元々は、露天でお茶を栽培していたが、室町時代に新芽を霜から防ぐため、よしずとワラで茶畑を覆ってみた。そのお茶を飲んでみると、意外に美味しかった。科学的に分析すれば、新芽を直射日光から防ぐことで、うま味成分のテアニンが増す。昔の人はいろいろな経験から、自然と美味いお茶の栽培方法を見つけたと、山本さんのお話し。
緑茶(お茶)の畑は、大きく2つに分かれる。ワラや遮光ネットで覆いをする覆下圓は、抹茶・玉露・てん茶など、覆いをしない露天園は、煎茶・番茶・ほうじ茶などを作っている。宇治では両方の畑がある。
覆下圓では、安くて設置の手間がかからない、遮光ネットを使う農家が多い。本ず被覆を行う農家は、少なくなっている。
山本さんの茶畑の中を、特別に拝見させてもらう。外からでは見えなかったが、ワラの下では、青々と育ったお茶がびっちり茂っている。薄暗い中、僅かな日光を求めて、お茶の葉が大きく育つ。宇治茶が美味しいといわれる所以は、まさに覆いのおかげ。
また、本ず被覆では、葉に当たる紫外線の量が普通より少なく、葉が薄くなるとのこと。その薄さが、抹茶を作ったときの色合いなどをよく見せる。
河田アナとくっすんも触ってみて、薄い・・・気がする。「思ったより0.01ミリぐらい薄いです。」とおっしゃるくっすんに、「あなたにそんな繊細な感覚ありますか?」と、いぶかしがる河田アナ。
山本さんが営むお店・『京杜氏工房 山本甚次郎』では、お茶っ葉の製造・販売も行い、できたお茶は高級茶として知られている。
2人は茶畑の中で、山本さんが手ずから入れてくれたお抹茶をいただく。水出しの冷たいお抹茶で、お湯でたてたものより甘みが増す。濃い~味なのに、甘みが強く、お子様なくっすんの舌でも飲みやすい(失礼)、マイルドな苦さ。
山本さんは今後も、伝統的な宇治茶の栽培方法・本ず被覆を守り、次の世代に引き継いでいきたいと夢を語る。
後は修行の場・萬福寺を目指すのみ。
スタートから7時間30分、
午後3:40、スタートから14キロ、修行場の萬福寺に到着。1661年に、中国の僧・隠元隆琦により開創された。2人は、一般の人も体験できる座禅を体験する。
執事の中島さんに、修行場の法堂(はっとう)に案内していただく。もともとは僧侶が須弥壇に上がって、説法を行う場所であった。最近では、説明・法話と合わせて約1時間の座禅体験を行っている。
座禅とは、心を静めて、自分の内にある仏の心を見つめる修行である。初心者は、ざわざわと乱れる心を落ち着けていくところを目指す。
座禅の起源は、お釈迦さまが7日7晩の間、瞑想をぶっ続け、8日目の朝に悟りを開いたことに由来する。
2人は作務衣に着替えて、靴を脱ぎ、座って座禅のポーズをとる。足を組み方は、両足を互いの太ももに乗せ、両膝を床につける結跏趺坐(けっかふざ)で行うのがスタンダードだが、慣れてないとツライ姿勢なので、2人は片足だけ太ももに乗せる。
座禅の代名詞ともいえるのが、修行者を叩く棒。正式には警策棒と呼び、肩・背中を打つ。警策棒の役割は、罰を与えることではなく、打たれて動くことで気分転換し、座禅に集中を促すことにある。
座禅中に動いてはいけない・音をたててはいけないという掟には例外がある。くしゃみ・咳・おならなどの生理現象は、止めようとすれば無心ではいられないので、そのまま出るに任せる。
修行中の僧侶は、座禅中にトイレに行きたくなっても、出しっぱなし・・・という話しを聞いて、唖然とする2人。「今日、我々出ちゃったらどう、大丈夫なんですか?」とトーンダウンする河田アナ。有無を言わさず『出しっぱなし』。
不安をあおる?説明も終わり、いよいよ座禅開始。今回は、萬福寺の座禅体験と同様に、5分×2回の座禅を行う。座禅中、気持ちを集中させるため、息を吸うことより吐くことに集中し、呼吸を数える。
開始から3分、くっすんが盛大にクシャミをして、ごほごほと咳を繰り返す。隣の河田アナの、集中が乱される。
1回目終了のおりんが鳴らされ、一息いれる。河田アナが、いろいろと音たてるのやめてくださいと、くっすんに注意する。
2回目開始。2人を見守っていた中島さんが、袈裟の袖をまくり上げ、警策棒を持って、おもむろにくっすんの前に立つ。互いに礼を交わし、体を低くしたくっすんに、立て続けに3発振り下ろされる警策棒。くっすんは、複雑に入り乱れた表情を作り、そして泣く。涙が頬をつたい流れ、鼻水が流れる。しかし、拭うことは許されない・・・『出しっぱなし』。
出しっぱなしのまま、2回目終了。河田アナが隣のくっすんを見て、その泣きっぷりに目を疑う。小声で「めっちゃ泣いてますやん。」と聞くと、「だって我慢したらあかんのでしょ。」と袖で涙と鼻水を拭う。
座禅を終えての、くっすんの感想・・・というか告白。「泣き虫とか、泣いたらアカンとか言われるじゃないですか。でも僕は、泣きたいんです。日頃から。でも43歳のおっさんやから、泣いたらアカンと思うじゃないですか。でもここでは、『出してもいいんだよ。』って言ってくださったので、なんか、全部出すことができて、すっごいすっきりしました。」
座禅の効能として、自分が思ったことを素直に出すことが出来る。日頃の我慢の積み重ねは体に悪く、悩み・苦しみの原因となる。
珍しく?河田アナがくっすんの話しに共感し、座禅の場では44歳のおっさんが簡単に泣いても、情けないことじゃないと思った。この座禅体験を、『人生で最も濃い5分』と、くっすんは振り返った。
2人は最後に萬福寺の御朱印を授かり、2日目の旅を終える。
■簡易チャート
スタート: 京都府京都市東山区・東福寺 → 『稲福』(1.5km) → 深草飯食町 → [昼食]:『京ホルモン 蔵』 (6km) → 宇治茶畑 (11.5km) → ゴール:萬福寺 (14km)


