MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第15章『近畿 湯治場めぐり』和歌山編の19日目~20日目のまとめ。

 

【19日目】 2018年03月01日(木)放送
旅の内容:●熊野川温泉を目指し 新宮市を北上大漁を祝う鯨踊り■ラジオ局から いきなり逆取材インスタ映えするラーメン屋!?

 

スタートは和歌山県新宮市・熊野蜂伏温泉[ピーアップシングウ]。ゴールは和歌山県新宮市・熊野速玉大社。約12キロの道のり。

 

午前8:00、和歌山県新宮市にある、フィットネスクラブと日帰り温泉施設がセットになった、ピーアップシングウのエントランス前からオープニング。柱の影から、くっすん登場。次に目指す温泉は、新宮市の山間にある日帰り温泉施設・熊野川温泉。およそ30キロ離れているので、2週かけて目指す。

 

午前8:20、気温は8℃、曇り空の下、咲き誇る梅の花を見て、春の足音を感じる。

 

スタートから0.5キロ、住宅街と海を見下ろす高台に位置する、宝珠寺に到着。ご本尊は『指立延命地蔵菩薩』で、足の指が立っている。ご住職に案内していただき、室内に安置されている菩薩様を拝観する。

 

 菩薩様は鎌倉時代の作と伝わり、足を組んでいて、上にきている右足の親指が立っている。困っている人がいれば、すぐに立ち上がって助けに行くという意思を、足の指で表現した。足の指を立てている、お地蔵様・銅像仏の中で、現存しているのは、宝珠寺の他に見当たらない。

 

 「親指をつかうことって、よくあの昔、テレビのリモコン、チャンネル変えるときにつかう・・・以来つかったことことがないので・・・すごいビックリしました。」と、くっすんが足の親指にまつわるエピソードを搾り出す。河田アナ・視聴者に話の趣旨が全然伝わらず、「無理にしゃべらなくていいよ。」と河田アナ。

 

 宝珠寺は町中から離れていて参拝者も少ないので、多くの人に来てもらえるよう、様々な催しをおこなっている。

 本堂にて、月一回開催される『お寺でヨガ』は、ヨガ+座禅会のセットになった教室。年一回開催される『宝珠寺奇席』は、檀家さんの知り合いの噺家・桂文三さんの落語会。

 おかげでお寺も活気を帯びてきている。今後も、より一層のお寺の発展のため、いろいろと新規の企画を練っているが、内容はまだ秘密とのこと。

 

スタートから3キロ、次なる歴史ポイントの神社の、108段ほどある石段を上っていると、ご主人の病気のために祈願に通い続けた、おかあさんに出会う。ご主人は『余命一年』と宣告されたものの、祈願の甲斐あってか12年4か月生きることが出来て、2年前お亡くなりになったとのこと。ご主人を生かしてくれたお礼に、今もほぼ毎日参拝している。

 

 石段を上りきり、三輪崎八幡神社に到着。江戸時代に起こった地震の際、津波で資料が流され、詳しい由緒は分からない。明治時代に港から高台へ移された。

 

 神社で毎年9月に行われる例祭にて、江戸時代から継承されている『鯨踊(り)』が奉納される。境内にて鯨踊の保存会会長さんに、詳しいお話しをうかがう。

 1677年に、紀州新宮藩主・水野重上が『三輪組』を作り、公営で捕鯨をおこなった。江戸時代にクジラが捕れた際に、船上で祝うように踊ったのが、三輪崎の鯨踊の始まりとされる。いつしか、大漁を祈願する踊りになった。三輪崎では、明治時代まで捕鯨が行われていた。

 

 三輪崎の鯨踊は2種類で構成される。終始座った姿勢のまま、上半身だけで踊る綾踊りは、綾棒を銛に見立てて鯨を突く様子を表現している。殿中踊りは、両手に1枚ずつ持った扇を網に見立てて、輪になって踊り、集団で鯨をとりまく様子を表現している。

 会長さんに、殿中踊りの手ほどきを受ける。日の丸のついた2本の扇を、見よう見まねで振り回し、踊る河田アナとくっすん。くっすんは夢中になるあまり、明後日の方向に進んでしまう。

 

 三輪崎は、若い世代への伝統芸能の継承が、成功している。保存会への若い入会者も多く、盛り上がっている。

 地元の小・中学生は、運動会や地域交流の場で、鯨踊を披露する。

 

スタートから4キロ、熊野古道の高野坂(世界遺産)へ突入。入口の立て看板に、『川沿い歩く』と書き添えてあったので、くっすんが「坂なのに、川沿いなんすね?」と、ひっかかりを覚える。「(川沿いに坂があっても)別にいいんじゃないですか?」と河田アナにあしらわれるが、なおグダグダと言って納得しかねるくっすん。

 

 高野坂二十三丁の道しるべで、『ご自由にお使いください』的な杖を、1本ずつ借りる。道中、ベンチ横に、鹿威し(ししおどし)がある。それを見て、「美人局(つつもたせ)でしたっけ?」と豪快に言い間違えるくっすん。

 

 高野坂は、標高約50メートル・全長約1.5キロあり、平安時代に熊野詣がたけなわだった頃、熊野速玉大社から熊野那智大社を目指す者が通った。江戸時代に敷かれた石畳が、今日に残る。

 アップダウンが続く道を、杖をつきつき進む。下りにさしかかり、石と石の間にくっすんの靴が挟まり、脱げる。

 

 高野坂を1キロほど歩くと、波の音聞こえるほど近い距離で、眼下に海辺が姿を現す。山と海が織りなす自然の絶景を、昔の人と時は違えど、場所を同じくして味わう。

 高野坂に入って約40分、坂を抜けて、お世話になった杖を返還する。高野坂を抜けても、より険しい、アスファルトで舗装された坂を上る。

 

午前11:50、スタートから6キロ、車に乗った、和歌山放送ラジオの新宮支局でパーソナリティを務める女性2人に、偶然出会う。お名前は、『カッキン』こと柿白享子さんと、『サトヤン』こと尾崎さとみさん。担当は、月~金曜日・午後1時~3時に生放送している、地域密着型情報番組・『新宮発☆ラジオDE元気!』。

 

 この日は、前回のロケで河田アナ・くっすんが訪れた、ホテル浦島で中継レポートがあり、向かっている途中だった。『く』という、くっすんの背負っている菅笠の文字が見えて、「ああっ!」と驚き、車をUターンさせたとのこと。

 興奮気味に話す女性2人に対して、デリカシーなく「すごい声が大きいですね。」と率直に言うくっすん。

 

 ロケ日は2月21日水曜日、出会った当日のラジオ放送で、有名な河田アナ・くっすんのことをしゃべってくれると約束してくれるお二人。

 さらに、河田アナ・くっすんは、ラジオ放送用にコメントを求められ、心の準備も整わぬ間に、ICレコーダーのスイッチを押され、ラジオにつかうコメント収録開始。2人でリスナーさんに向けて挨拶した後は、河田アナが『むかえら』の説明し、ロケで出会う人たちからの応援に感謝を述べる。くっすんは、鳴りを潜め、持ち味を発揮できなかった。

 

 段取りの良いお二人に別れを告げ、

午後0:10、お昼ご飯を食べながら、和歌山放送ラジオの聞くことができるお店を探す。

 

 なかなかお店を見つけることができず、歩くこと2キロ、

スタートから8キロ、『目はりや』という看板と、バラエティに富んだメニュー紹介を見て、お店を決める。後は、ラジオが聞ければ言うことなしだが、事情を説明し、お店の人のご厚意で聞かせてもらえることになった。

 

午後0:40、『総本家めはりや』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『おためしセット 豚汁付き』を食べる。めはりずし・串カツ・おでんがセットになった欲張りセット。看板メニューのめはりずしは、ビックで具に高菜が入っていて、ホカホカ。

 

午後1:00、2人は箸を置いて姿勢を正し、ドキドキしながら『新宮発☆ラジオDE元気!』の生放送に聞き入る。番組開始早々に、ホテル浦島からの、カッキンとサトヤンの生中継コーナーが始まる。

 番組開始3分後、お二人は『ちちんぷいぷい』の番宣をした後、河田アナとくっすんに出会ったことを報告する。報告をうけたメインパーソナリティの引本孝之さんは、「ほうほう。」と冷静な様子。それから河田アナとくっすんの印象を語る。河田アナは一言でいえば男前、くっすんはテレビで見たとおりのキャラ(ヘタレ?)とのこと。河田アナとくっすんの話しを都合2分半ほどして、出会った際に収録したコメントは、翌日放送した。

 

 素敵なラジオ放送を聞いて、「ありがとうございました。」と最大に感謝の意を表する2人。お昼ご飯の味も、より一層美味しくなった。

 

午後1:40、スタートから9キロ、JR『新宮駅』のすぐそばにある、徐福公園に到着。平成6年に開園した公園で、約2,200年前、秦(現中国)から海を渡ってきた、徐福の功績を称えるため作られた。園内には、初代紀州藩主・徳川頼宣が建てた徐福のお墓がある。

 

新宮に骨を埋めた徐福

 秦の始皇帝が、徐福に「不老不死の薬を探してこい。」と命令した。徐福は約3,000人のお供を従え、新宮の地に渡来した。徐福は新宮で、当時は不老不死の薬木とされていた『天台烏薬(てんだいうやく)』を見つけ、秦に帰って役目を終えるはずだった。

 しかし、新宮の穏やかな気候と温かい人柄に触れ、永住した。そして、農耕・漁業・紙すき・捕鯨など、革新的な技術を新宮に伝えた。

(※日本各地に徐福伝説あり)

 

午後2:20、公園を出ると、天気も晴れてくる。後はゴールの熊野速玉大社を目指すのみ。だったのだが途中、河田アナは気にも留めずスルーしたお店、すっごい間口の狭い細長の店舗の(奥行きはある)、中華そば屋さんにくっすんが気づく。

 中華そば屋さんの隣にある、八百屋さんのおかあさんにうかがうと、夜しか営業してないという。くっすんが、駄目もとでお店の扉をノックすると、中から返事が聞こえる。

 

 店主さんが、夜からのオープンに備え、仕込みの最中だった。厨房から店の入口まで出てきてもらい、お話しをうかがう。お店の中には、四角いテーブルが2つ壁につけられているのみだが、一時に10~12人のお客さんで賑わうこともある。

 店主さんが30代のときに、「(田舎へ)帰ってこい。」と言われ、現在店舗としてつかっている物件を紹介され、借りた。

 

 お店の形が少々?変わっているけど、「客なら、どこからでも引っ張れる自信がある。・・・自信が体に染み付いています。言葉には、出さんけどね。」と腕に自信たっぷりの店主さん。河田アナとくっすんが、今散々出してましてたよとツッコまざるを得ない

 くっすんが、自信のあるラーメンが食べられないか聞いてみると、「できますよ。」と、むしろウェルカム

 

 というワケで、『新宮亭』(営業時間:午後7時から深夜3時)にて、特別営業時間外に、中華そばをいただく。一番人気の『ネギ麺』が運ばれてくる。自信をみなぎらせるだけあって、2人の食レポにも熱が入る。

 

 再び、店主さんにインタビュー。お店にくるお客さんは、地元の方と観光客が入り乱れているとのこと。他の地方からお客さんを呼ぶためには、「来た人、全部キャッチせなあかん。」というのが、店主さんの持論。90パーセントのお客さんは、キャッチしているらしい。かなりの高確率に、驚く2人。

 また、狭い店舗のおかげで、店主さん一人でお店を切り盛りしているため、お客さんに毎回同じ味を提供できる(あれやこれや店主さんのお話しを聞いているうち、相当のマーケティング能力の持ち主とみえる)。

 

スタートから約8時間

午後4:10、スタートから12キロ、ゴールの熊野速玉神社に到着。熊野本宮大社・熊野那智大社と合わせて、熊野三山と称され、サッカーと関わりが深い。

 神社でお守りを授与している場所の奥に、サッカーワールドカップの前回大会の日本代表ユニフォームが、各選手サイン入りで、男子と女子の並べて飾られている。女子のユニフォームの、胸の位置にあるJFA(日本サッカー協会)のエンブレムの上に、★マークがあるのは、2011年のワールドカップで、なでしこJAPANが優勝した証である。

 

 権禰宜さんに、八咫烏(やたがらす)とサッカーについて、お話しをうかがう。JFAのエンブレムにデザインされている、三本足の八咫烏は、熊野の地に迷い込んだ神武天皇を大和へ導いたとされる。また、日本サッカーの生みの親・中村覚之助の故郷が熊野ということが、八咫烏がエンブレムに用いられた最たる理由だといわれる。

 ワールドカップの前には、勝利に導いてくれるよう、JFAの関係者が熊野三山を参拝し、ユニフォームを奉納するのが、恒例となっている。

 

 最後に2人は、本殿で旅の安全を祈願する。

 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県新宮市・熊野蜂伏温泉[ピーアップシングウ] → 宝珠寺 (0.5km) →三輪崎八幡神社 (3km) → 高野坂 (4km) → 昼食:『総本家めはりや』 (8km) → 徐福公園 (9km) → 『新宮亭』 → ゴール:熊野速玉神社 (12km)

 

 

 

【20日目】 2018年03月08日(木)放送
旅の内容:●新宮市 熊野川温泉へ冬でもやってる?!かき氷屋さん■和歌山編だけど三重にちょっくらお邪魔します★親しみやすいかあちゃんの店

 

スタートは和歌山県新宮市・熊野速玉大社。ゴールは和歌山県新宮市・熊野川温泉。約19キロの道のり。

 

午前7:30、和歌山県新宮市にある、熊野速玉大社の神門前からオープニング。朝から気持ちのよい快晴。ロケ日の予想最高・最低気温は、14℃/6℃で、ちょうどいい感じ。

 湯治場巡り和歌山編ながら、本日は安全の確保のため、和歌山県からちょっくら三重県にお邪魔して、再び和歌山県へ戻る。それを聞いたくっすんは、「ややこしいですね。」と一言、河田アナに「ややこしくはないです。・・・あなたは別にだってついて歩いているだけじゃないですか・・・。」と否定される。まくしたてる河田アナに対して、「そだねー。」と、いいたくてしょうがなかった巷の流行語を、ぶっこむ。

 

午前7:40、登校中の小学2年生の男の子に、あいさつしつつ歩いていると、

スタートから0.6キロ、寒い時期でも営業している、かき氷屋さん・『仲氷店』を発見する。しかも営業中で、店主さんが巨大な氷の塊を扱っている。

 55年前に卸売り業者として営業し始め、そのうちかき氷の販売も始めた。お店で作る氷は、和歌山南部を流れる古座川の水を、3日間かけてじっくり凍らせてできる。純氷と呼ばれ、かき氷にすれば、格別美味しい食感を楽しめる。

 

 2人は、純氷をつかったかき氷をいただく。くっすんは大人気メニュー『スイカ氷』を、河田アナは一番人気の『清見オレンジ(+練乳)』を食べる。スイカ氷は、1/8サイズに切ったスイカの形をしたアイスバーで、スイカの皮を緑色にして表現している。見た目はスイカだが、味はイチゴ(身)とメロン(皮)。

 

 仲氷店のかき氷のウリは、頭にキーンとこないこと。空気を送りこみながら3日間かけて作った氷を、かき氷機で薄く削ることで、氷と氷の間に空気が入るので、キーンとこないとのこと。

 河田アナがかき氷をパクパク食べる一方、くっすんはスイカ氷を一口食べるや否や、知覚過敏で悶絶する。頭にはキーンとこなかったが、歯にキーンときたので、それがなければ完璧というくっすん(歯医者さんに行きなはれ)。

 

スタートから1.4キロ、4年前にも『むかえら』ロケで訪れたことのある、神倉神社の、御神体と拝殿が山の中腹に見えてくる。橋を越えて、神倉神社の境内へ入る。

 御神体へお参りするため、神倉山のふもとから538段ある石段を登ってゆく。この石段は、1193年に源頼朝が寄進したとされる。最大傾斜が40℃もあって、まさに壁の如し。少々文句を足れるくっすんであったが、20分かけて石段を登りきり、拝殿前に到達。後ろへ振り返って、新宮市街と海を一望する。

 

 御神体のゴトビキ岩は、熊野三山の神々が最初に降り立った神聖な岩とされる。降臨した神様を熊野速玉大社に移す際に、新しくお宮を建てたことから速玉大社を新宮と呼び、神倉神社を元宮と呼ぶようになった。

 霊験あらたかなゴトビキ岩に、これからの旅の安全を祈願する。

 

 今度は538段ある石段を下りていくが、下りは下りでデンジャラス。そんな石段を、火のついた松明を持った男たちが、我先にと上から下まで一気に駆け下りるお祭りがある。毎年2月6日に行われるお燈祭で、神様からいただいた火を持ち帰り、この年1年間、良い年になるように願ったことがはじまりとされる。江戸時代には、1番に駆け下りた者に、米1俵が与えられたが、現在は名誉のみ。

 

 石階段と石階段の間の、平らになった広いスペースにて、お燈祭のベテランランナーで、地元の消防隊員の田中さんにお話しをうかがう。

 

 夜の暗闇で、松明の明かりのみで石段を駆け下りるのは、お祭りで高揚したテンションにならないと、恐くて出来ない。2018年の祭りでつかった松明を見せてもらう。最初全長1メートルほどあったが、燃えて30センチほどになった。

 田中さんは、高校3年生のときに1位になったのをかわきりに、過去14回石段下りを制覇している。

 

 その原動力は、運動会みたいに最初走っていたが、回数をこなすうちに、火を下へ届けたい、誰かのために下りるという思いに変わったことで生まれたとのこと。くっすんが、「走れメロスみたい。」と田中さんを例える。

 

 どれくらいのスピードで駆け下りるのか、河田アナは想像つかないので、実際にデモンストレーションしてもらう。急角度で凸凹な石段を、躊躇なく猛スピードで駆け下り、2人の前を通り過ぎていく田中さん。急に止まると、かえって転んでしまうのだ。

 

 最後にお祭りのご利益を聞くと、ずっと健康でいられたことで、それ以上は求めないと、多くは望まない田中さん。くっすんは、「僕(が1位)やったら、すぐ宝くじ買いに行きそうになります。」と欲深い。

 

午前9:40、舞い始めた花粉と戦いながら(主に河田アナ)歩いていると、河田アナのファンで、赤ちゃんを抱いた女性に声をかけてもらう。

 今から10年以上前、河田アナはクリームパンのかぶりものをして、クリームパンのレポートをするという、朝の情報番組『あん!』内のニッチ斬新なコーナー・『河田直也のクリームパンサキどり』を担当していた。ファンの女性が中学生のとき、学校に行く前に、クリームパンの河田アナを見ていたとのこと。くっすんがそのときの印象を聞くと、「がんばってるなあって・・・。」と褒められる。河田アナ本人も、「だいぶ迷子になってた時期」と振り返るが、今となってはいい思い出(せっかくなので、河田アナのクリームパン時代の映像を、編集スタッフさんが多めに入れた。)。

 

スタートから2.4キロ、トンネルを抜けると、道沿いに熊野川(新宮川)が見える。熊野川は熊野詣における、川の参詣道とも呼ばれる。熊野本宮大社~熊野速玉大社を移動する際、道がとても険しかったので、ハイソな方たち(上皇・貴族・金持ち)は小舟をつかって熊野川を下った。庶民は、熊野古道を歩くしかなかった。

 

スタートから3キロ、熊野川で川下り体験ができる、『熊野川・川舟センター』さんに協力してもらい、渡し船に乗りこむ。歩いてきた道の先で、歩道がなくなるので、手配していた舟に乗りこみ、対岸に渡って、三重県の安全に歩ける道を9キロほど歩く手筈。

 庶民な河田アナ・くっすん、貴族さながら優雅に舟で進み、100メートルほど川を遡上して、三重県へ上陸する。

 

午前10:40、川辺を歩いてから、人気の少ない快適な道路を進む。

 

スタートから7キロ、天気良し・景色良し・空気うましと、のどかに歩く。「この風景を見てると・・・、(かわいい)家族を思い出します。」と、やぶから棒に言うくっすん。くっすんの息子さんは、コロッケをチューしながら食べる。その行為の意味を察すると、コロッケの油分を、リップクリーム代わりにしているとくっすん。

 河田アナが「この風景見て、そのエピソード思い出す。」と、話しの脈略の無さを指摘する。

 

 三重県側を歩くこと2時間、

午後1:00、スタートから12.5キロ、和歌山県へもどるため、熊野川のほとりで、待ち合わせしていた渡し船に乗りこむ。対岸へ渡してもらうだけでなく、新宮市観光ガイドの方に案内してもらい、川下り体験をする。正規の川下りコースは、道の駅『瀞峡(どろきょう)街道 熊野川』を出発し、権現川原まで進む16キロのコースで、ガイドさんの解説付き。

 今回は特別に、200メートルほど、川を遡上してもらう。川辺に見える、大きな白っぽい塊の連なりは、骨嶋(ほねじま)と呼ばれ、熊野権現の神様が退治した、大鬼の背骨と伝わる。

 

 船頭さんとガイドさんに別れを告げ、

午後1:15、和歌山の地を再び歩く。しばらく進むと、『白見の滝』があり、そのそばでマイナスイオンを浴びながら、石に座って昼食(天気が良くてよかったね。)。河田アナ・くっすんともに、この道の先にある道の駅でスタッフさんが買っておいた、『かあちゃん弁当』を食べる。ほのかに温い弁当で、コロッケのホクホクポテトが美味なり。

 

スタートから15.2キロ、昼ご飯の『かあちゃん弁当』を買った『かあちゃんの店』へ、お礼を言いに立ち寄る。お店の中に入ると、4人のかあちゃんがお出迎え。リーダーのかあちゃんに、美味しかったと伝える。

 

 道の駅『瀞峡街道 熊野川』の隣にある『かあちゃんの店』は、地元のお母さんたちが手作りした、めはりずしから帽子まで、各種取り扱っている。

 

 特に人気なのが、新宮ゆかりの武将・平忠度(ただのり)の名前をとった『忠度もち』。お餅からあんこまで手作りで、店内でその日の朝に作る、こだわりっぷり。午前中には、売り切れてしまうことが多い。河田アナが紹介しようと手にとると、「ちょうど食べたかったんです、お餅。」とデザートとして食べる気満々のくっすん。

 2人は店内で忠度もちを食べる。よもぎの香り高いお餅で、たっぷりのあんこを包んでいて、美味なり。

 

 ユニークな店名は、「地元のおかあさんらで、お店がしたい。」をテーマに

、近隣の町村で名前を募集した結果、1番多かった『かあちゃん』に決まったとのこと。

 

スタートから約8時間

午後3:45、スタートから19キロ、ゴールの熊野川温泉[熊野川温泉さつき]に到着。熊野川温泉さつきは、1995年に宿泊施設としてオープンした。しかし、2011年の台風12号で、甚大な被害で受け、長期休業した。2014年に日帰り温泉として営業再開。

 

 露天風呂に入って、ロングコースを歩いて疲れた体を癒す。熊野川温泉の泉質は単純温泉で、神経痛・筋肉痛・冷え性などに効く。

 ここ最近のロケは、海の見える露天風呂が多かったが、熊野川温泉の露天風呂からは山々が見える。「こう和歌山言ったら、海のイメージがあったんで、山って言ったら、何かちょっと京都に来た気分です。」と、とんちんかんなことを言うくっすん。河田アナは全否定し、露天風呂に居合わせたおとうさんに、くっすんの言ったことに意見を求める。すると「くっすんらしいわ。」と、くっすんの何たるかを知ってらっしゃる。

 次に目指す温泉は、川湯温泉

 

■簡易チャート

スタート: 和歌山県新宮市・熊野速玉大社 → 『仲氷店』 (0.6km) → 神倉神社 (1.4km) → ゴトビキ岩 → 渡し船 → <三重県> → 渡し船 → 昼食:『白見の滝』 (8km) → 『かあちゃんの店』 (15.2km) → ゴール:熊野川温泉[熊野川温泉さつき] (19km)