
世論を信じることは盲目を意味する。
それでも虚無主義に至らない自己。
"この世の全てに価値はなく、人間が
行っている全てのことに価値は無い"
ここに人類が現実を乗り越える力が
あると考えるのは少し厳しいかも
しれない。
この世のsystemに反逆する危険
分子も少なく無いが、多くの者達は
支配と統制に縛られ、断片的な情報と
嘘をすり込まれた精神、規範と欲望に
満ちた行動らを促され、そこから
抜け出す必要性すら感じ得ないまま
日々を過ごす。

人間は自分を理解して欲しいと
懇願し続ける。
自ら疑問を調べようともせず
ただ投げかける。
何かをして欲しいと嘆きながら
安易で安上がりが権威にひれ伏し
最凶の選択を繰り返し悲劇を生む。
この世の全ては正当化とウソが
大手を振って歩いている。だから
この社会が存在するという現実。
擬制というsystemを使う社会の
中で、人は自らが犠牲を払って
いるかのように振る舞っている。
しかし、それは単純に自己精神を
守り、正当化するという本能的な
防御であり自分以外の正当性を
認めることなど在り得ない。
極端な言い方かもしれないが、
こんな盲目の社会を創り続け
安穏を求めることは社会の根幹
から目を背けること。
元来正しい人間など存在せず
遺伝学的にも民族間の優位性など
存在しない。あるのは人間も動物。
地球上に生息する動物の一種
でしかないということを認識
すべきかもしれない。


