「記憶の飽和 26」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。









風は枝葉を揺らし、淡く揺らぐ月灯りが二人の脊を照らし影を落とした。




アキラと涼子は労わり合うように肩を並べ宿の中に消えた。






のんびりと







人間の偶然はどこにあるのだろう。


全ては必然であり、ただ運命に人は翻弄されるだけなのか。





大手システム会社の秘書と50歳を過ぎた小さなシステム会社の部長。


その中年男は退社し、無意味な記憶を辿ろうと列車に乗った。


そして、同じ列車に乗り込む秘書の姿を見た。


やがて女は男の記憶の辿る旅に同行する。


女は男との過去の記憶の重なりを知っていた。


男は記憶を呼び起こす。


人生を撫でるように顧みる過去に、二人の運命が重なっていく。





人は人生という川を、水の流れに身を任せ生きている。


やっと辿り着いた岸で安住を得ることも無く、また大波に浚われ大海へと流れ出る。


根なしのまま小さな船に乗り、流れ着く場所など誰も知らない。


まして、意図する過去に辿り着くことなど出来ない。






のんびりと








しかし、二人は一つの小さな船に乗り川の流れに逆らい必死にオールを漕ぎ始めた。



アキラは、覚悟すべき現実の数を数え始めていた。



涼子は人生の全てを掛けていた。




意志を全てすり替え、周囲が望む姿こと自らの意志の在処だと信じ生きてきた男。


しかし、その意志の代償は深く重く男の心を意味の無いと感じさせた記憶へと駆り立てていった。



女は、不遇な環境で育ったにも関わらず素直に精一杯生きてきた。


己が意志に向き合い、感情を素直に隠そうともせず。







のんびりと








二人が消えた宿の外の風は、優しさに似て二人を労わるように木々の枝葉を揺らし、絹の裾がすれ合うように葉音を立て続けた。



優しく労り、儚くも二人の脊に掌が温かく触れ合う。




言葉とは不思議なもの。


言葉は確かめるほど覚悟がいるもの。



二人にとって偶然という言葉は消え去った。






男と女の間に偶然は無く、神は運命しか与えないのかもしれない。








つづく








のんびりと