アキラの脳裏に浮かぶscene。
海の見える丘に駆け上がる自分と小さな女の子の姿だった。
アキラ12歳の夏。
その頃、父と母は朝早く仕事に出かけアキラはいつも独り自宅に残されていた。
握り飯が二個テーブルの上に置かれ、その握り飯をパンツのポケットに入れ家を出るのが休みの日課だった。
丘から見える景色を漠然と眺め、幼いながらも何か満たされぬ心を癒そうとしていたのか。
草むらに寝転びウミネコが大空を舞う姿を眺め、青空と潮風に包まれ夢を見ていた。
その丘は自宅から数キロ離れていたが、アキラは通り過ぎる景色には目もくれずただひたすら自転車をこぎ丘をめざし毎日直走っていた。
いつも独りだけの時間。
しかし、記憶に残されたその日だけは違っていた。
丘の近くに辿り着いた時、小さな女の子が立ってるのが目に入った。
歳は5、6歳くらいの女の子に見えた。
アキラは自転車から降り丘に向け歩き始めた。
見慣れない女の子はアキラの方をじっと見つめていた。
朝の陽射しは二人を強く照りつけ、草花は潮風になびいていた。
おさげ髪の小さな女の子は、アキラの後を着いてゆっくりと歩き始めた。
アキラは一度振り返り見た。
するとその女の子も足を止めた。
また歩き続けた。
二人は10m程の間隔を保ったまま丘を登った。
丘の上に着くとアキラは自転車を倒し、大の字になり寝転んだ。
すると小さな声がした。
「おにーちゃん」
アキラは何も返事しなかった。
するともう一度
「おにーちゃん」
アキラは声のする方を見ようと瞼を開けた。
すると小さな女の子の顔がアキラの目に飛び込んだ。
「なんだよ。俺はお前のお兄ちゃんじゃないよ」
女の子は何も答えなかった。
「お前、名前なんて言うんだ?」
見慣れない子に戸惑いながら、自分と同じ匂いをアキラは感じた。
匂いといっても、子供の汗臭い匂いではなく"独り"という匂いだった。
それがどんな匂いかは分らないがアキラは敏感に感じ取っていた。
"ひとり"を。
大人の"孤独"とは別物の匂い。
アキラは身体を起こし女の子の顔を見て言った。
「独りか?」
そう言うとコクリと頭を下げ頷いた。
「お兄ちゃんも独り?」
「ほっとけ」
「ふーん」
「俺は、俺はいつもここに来ているんだ。ここは俺の場所」
「ふーん。リョウもいていい?」
女の子のお腹がグーッと鳴った。
アキラのポケットにはおにぎりが二個入っていたが、一個を女の子にあげると昼飯が無くなる。
「お腹空いてんの?」
女の子は、またコクリと頭を下げた。
アキラは握り飯を半分にして女の子に手渡そうとした。
しかし、女の子の手は黒く汚れていた。
まるで灰か何かに触れたように真っ黒く汚れていた。
「お前、どうしたんだよ?この手?」
「転んだの」
アキラは女の子を連れ丘を下り、漁師小屋の傍にあるバケツの水で小さな手を洗ってやった。
「ありがとう」
「お前、どこの子だよ?家は?」
女の子は何も答えなかった。
二人は、また丘を目指し歩き始めた。
小さな女の子は、アキラの後を追うように無邪気にはしゃぎながら、ワンピースの裾を潮風になびかせていた。
つづく


