感情を消し続けた人間が
自分の心の声に目覚め
感情と向き合うということ
それは現実と夢という
二つの世界を一つの身体に
抱くという感覚に捉われる
心は愛が何かも知らず
好奇心を呼び起こしながら
人を好きになり愛を語り
自らの愛という言葉に酔う
いつしか理解できない感情だけが
閉ざされた心の中から沸き上がり
それが愛かどうかも知らずに
覚悟の上で詩文を綴り読む
それは対象が何であれ詩文でしか
心を現す術が無いから
無意識のまま自分の感情を
言葉にし始めると一つの対象を
見つめていることに気付く
現実は夢になり夢は現実へと戻る
まるで打ち寄せる波際を歩くように
立ち戻る現実に向き合うこともせず
夢の中の愛に触れた瞬間だけを
抱き締め続けるという世界を創る
愛が何であるかを心が理解し始め
現実に背を向けたまま心は感情で
愛を抱きしめていく
なぜ感情が立ち上がり愛を知ったのか
それを理解するのは神でも無理だろう
なぜなら理由などないから
愛に理由を問うなら過去を辿るしか
理由を探すことが出来ないだろう
過去の記憶の中に愛されたという
感情の無い人間にとってそれは地獄
"カマワレル"という人間関係の原点
そのものの記憶が揺らいでいるから
いつしか大人になり見よう見まねの
社会規範に浸り周囲から望まれた姿と
経験から見える未来を自らの意志とし
愛の形さえ"こうあるべき姿"とする
その方が何も悩むことなく
考える必要も無く
今日を生きていくことが
出来るから
誰もが先の見えない現実の中で
安心を求め続ける
だから人間にとって感情を抱くという
切っ掛けは不安を安心にすり替える
一つの術なのかもしれない
誰かにかまってもらえるという
人間関係の原点が人の不安という
性を安心に変えるのだろう
しかし立ち上がる感情を
誰が抑えられるだろうか
誰かが受け止めるしか
その感情を抑える術は無い
愛を知った人間にとって
後戻りできない感情は
時の流れをしても
感情を抑えることは
出来ない
愛を知り
愛することを知った
人間にとって
後戻りのできない
世界なのだろう
残された詩文は一つ
"もう手遅れなんだ"
"君を愛してしまったから"


