錬太郎が話し始めた。
「僕は確かに結婚し子供もいる。でも、恋をしちゃいけませんか?」
コイデカが嬉しそうに錬太郎の顔を見て
「いけなことはない!恋はいい!恋する人間はとても輝いているからね」
神様が錬太郎の頭越しにコイデカの頭を小突いた。
「きっと周りの人間は"結婚して子供もいるのに何を考えてるんだ"なんて言いますよね」
コイデカがまた突っ込みを入れた。
「確かに生意気ですね。貴方はもう50歳を過ぎてるし」
錬太郎はコイデカを見て言った。
「歳は関係ないでしょ!50を過ぎたら"恋"をしちゃいけないの?」
すると神様が口を開いた。
「どうして錬太郎君はそんなに"恋"がしたいんだね?」
コイデカも茶化すように
「そうだ!そうだ!どうしてそんなに"恋"がしたいの?その理由を聞かせて欲しいですね」
錬太郎は神様のビールに手を伸ばし、一口喉に流し込み語り始めた。
あれっ?仕事はどうした?錬太郎?
「僕はどこにでもいるサラリーマンです。必死に家庭という城を守るために精一杯仕事をしてきました。でも、"ありがとう"という言葉を家族は僕に返すことが無い。給料日もそう。"ありがとう"なんて言葉を誰からも聞いたことが無いんです。おかしいですよね。なぜだろうと考えても思い当たることも無い。それが僕の役目だからですか?あたりまえのように給料を運ぶのが僕の役目だからですか?ただ給料を運ぶだけなら僕はそれ以外は不要だということになりませんか?だから会話もいらないと感じ始め、とうとう家族と話すこともなくなりました。僕は言ったんです。妻に。"僕はお金を運ぶだけでいいんだね"と。すると妻は"そうね"と言葉を返したんです」
「なぜ家族は君にありがとうという言葉を言わなくなったのかな?」
と神様が言うとコイデカが
「錬太郎さんは浮気でもしてのでしょう?あははははは」
とまたまた茶化すように言うと、錬太郎は落ち着いた低い声で
「いいえ。一度もありません」
と即答した。神様は少し頭を抱えながら
「錬太郎君」
と声に力を込めて言った。
「はい」
「君はもしかしたら、"恋"を知らないのかね?君の結婚は社会的な地位を得るための一つのステップでしかなかったのかね?本当に君は妻となった女性と結婚したいと思っていたのかね?」
「。。。それは。。。」
コイデカは錬太郎の言葉に詰まった様子を見て尽かさず言った。
「あたりだね。神様の言う通り"恋"じゃない。社会的義務みたいな感覚で結婚したんでしょうね。それはスタートが間違っています」
「でも、結婚した時は一生この女性を守り温かい家庭を築いていこうと思っていたんです。そして、そのために必死に仕事だけをして生きてきた。ありがとうと言われなくても生活に不安な思いはさせまいと頑張ってきた。そのどこがいけないのですか?」
錬太郎の言葉を聞いていた神様が言った。
「"愛"が無いんだね。義務とか役割で繋がっている。それを"愛"だと思い込み生きてきた。でも錬太郎君の心は悲鳴を上げてしまった。"自分の意志じゃない"って。周囲から望まれた父親像になることが自分の意志だと思い込んでいたんだよ」
「自分の意志じゃない。。。」
「そう。君が本当にしたいこと、こうありたいという願望は全て心の奥底に伏せたまま生きてきたんだ。人間って奴は最初に自分を騙(だま)して生きている。鈍感な生き物なんだよ」
「じゃ僕はどうしたらよかったんですか?」
「"どうしたらよかった"ではなく、どうしたいかだよ」
それを聞いたコイデカはカウンターに上り、すっくと立ち上がって言った。
「"恋"をしよう。錬太郎さんは"恋"をすべきだ。そして"愛してる"と言うべきでしょう。錬太郎さんの"意志"を見てみたい気がします。ね!神様!」
すると神様は、笑顔でコイデカに軽くウインクし右指を鳴らした。
神様とコイデカは錬太郎にどんな"恋"をさせるのだろうか?
錬太郎は"愛してる"という言葉を自らの"意志"で言える瞬間が訪れるだろうか?
朝のビールショップが熱気を帯びて来た。
つづく

