葵は自信たっぷりに彰の目を見つめた。女性は、とても自信有り気な表情をする時がある。
「貴方のお名前は?♪」
「えっ?」
彰はキョトンとして葵を見た。葵は微笑みながら彰の瞳をじっと見つめていた。
葵が何を言っているのか、彰は直ぐに理解出来なかった。
「教えて?♪お名前は?仕事は?私は“みどり”。仕事は heart diplomacy♪」
ん。。。みどり?心の外交?もしかすると、葵はゲームを楽しもうとしているのかもしれないと彰は感じた。
「名前?知りたい?」
「ええ。聞きたいわ♪」
「名前は“かずき”。仕事はmoonlit night hunter月夜の狩人さ♪」
「月夜に何を狩るの?」
「深い森の中で、月明りに一瞬照らされた心を狩るのさ♪君の心の外交はどんな仕事?」
「私は、漂う心を互いに通わせ結びつけるの♪かずきさんの仕事と似ているみたい♪」
「心だけは似ているけど、心を狩るのと、通わせ結びつけるのは少し違うかもね」
「そうかしら♪心を狩られた人は、狩られたって思ってないかもしれないわぁ♪」
「心を通わせ結びつけたと思っていても、本当は奪われていたかもしれないよ♪」
「貴方は、どちらがいいの?♪」
「君は?♪」
二人の会話は、心が近づきたいと思いながらも、わざと言葉は少し離れていく。そんなもどかしさを楽しんでいるかのようだった。
グラスを傾けながら、互いの声よりも言葉を聴いている、そんな感じが漂っていた。甘く柔らかな声と低く穏やかな声。静かに室内の空気に溶け込んでいった。
「以前どこかで君に会ったことがあるかな?」
「いいえ。初めてよ♪ただ、そんな気がするだけよ♪もし、前に会っていたら。。。今は無いもの」
「なぜ?」
「もし、前に私が貴方と会っていたら、他の誰かとここに居たかもしれないもの♪ふっ♪」
葵は肩をすくめた。
「そうかぁ。なら今日初めて会って良かったよ♪」
「ねぇ。かずきさん。狩人さん?」
「何?心の外交さん?」
「私の心を狩るの?」
「そうだなー。でも、思うんだ。もうこの仕事辞めようと思ってる」
「足を洗うの?」
「その言い方は変だよ♪犯罪者みたいだろう♪」
「ふっ、そうね♪でも、犯罪者みたいなものでしょ♪」
「そうかなぁ」
「だって、当事者が目の前にいるのよ♪」
葵はテーブルの上にある手を前に差し出し、彰の手の指先に僅かに触れた。
「それは、心の外交をしているみどりさんの挨拶かい?」
彰は葵の指先を厚い両手で包んだ。
「いいえ。心の挨拶♪狩人さんの挨拶はどんなの?」
「狩人に挨拶なんてないさぁ。あるのは、月明りに照らされた心を見逃さない。そして、両手で包むのさぁ♪包んだら離さないように、そっと胸に仕舞うのさ。でも、もう一杯なんだよ♪胸の中が♪」
「どうして?♪」
「とても温かい心を狩ってしまったんだ。。。それに、心を狩っていると思っていたのは僕の独りよがりだってことに気が付いたんだ。奪われているのは自分の心だったのかもしれない。だから、もう月夜に狩りをするのは辞めようと思っているんだ♪」
「君は?まだ心の外交に仕事を続けるの?」
「どうかしら。私はたった今、この仕事が本当に好きになったの♪貴方は私に仕事を依頼してくれる?♪」
「もう、依頼しているよ。もう遅すぎ。とっくの昔に依頼してたよ。君にね♪もう。。。」
彰が言葉を続けようとした時、若鶏もも肉のグリルと味噌チーズソースとタコライスが運ばれて来た。食材は、二人の心を満たすには前菜にすぎなかった。
二人は、現実と非現実的世界の間を漂うようにスリリングな会話を楽しんでいた。互いを知っていながら、あえて初対面を装い会話を続ける。
葵がなぜこんなゲームを始めたのだろうと彰は思ったが、徐々に魔法に掛かるように会話の中に引き込まれ、その訳を考えることすら忘れている彰だった。
互いの心に触れる寸前で、現実から遠ざかる。しかし、心は本当のことを伝えようとしている。彰自身、こんな会話は始めてであり葵のアドリブについていけるかと。。。
しかし、予想外に彰は柔軟に会話を楽しみ、その空間に溶け込んでいた。
「貴方が月夜に狩りをするなら、私は貴方に魔法を掛けるわ♪」
「心の外交の仕事に魔法なんてあるの?みどりさん?」
「心の狩りをする人にルールなんてあるの?かずきさん?」
「投げたボールがそのまま返ってきたね♪」
「私が掛けた魔法に効果があったから、貴方は心の狩りを始めたのよ♪」
「じゃ仕事の依頼を君にする前に、僕は既に君の魔法が掛かっていたってことかい?♪」
「ふふっ♪」
「それじゃ、手遅れだって言った僕の言葉は間違いじゃないってことだね」
葵と彰は、同時にビールを飲み干した。
「月夜に狩りをしたあと、どこに帰るのかしら?♪」
「それは心の外交官に聞かなきゃ解らないよ。仕事を依頼したら成果を望むからね♪」
「あらっ、狩人さんたら。結構シビアーなのね♪」
「いや、やはり僕には狩りは似合わないよ」
彰はに空想の世界を漂い続けるほど、心が続かなかった。なんともか弱い狩人だ。
「もう現実に戻ってるんだ」
なぜ、こうも女性は大胆で自信に満ちた態度が取れるのだろう。男は臆病なものだと思った。彰に限ったことかもしれないが。
「どう?楽しかった?♪」
「少し驚いたよ。君が急に映画のワンシーンのように場面を変えるから」
彰にとっては、砂浜の波打ち際スレスレを二人手を繋いでいた空間から、都会のビルの谷間に一瞬で引き戻されたような感覚だった。
「驚いた?♪」
「うん」
「で、手遅れってって。いつ?私に仕事を依頼したのは?♪」
「えっ、あぁ。それは、君も知っていたはずだよ」
「ずるいよ♪」
「いいや。ずるくないさぁ。これでおあいこ♪ところでさぁ教えてくれるかな。鳳仙花のこと」
「どうしようかな。意地悪すると可哀想♪いいわ♪」
また葵は、自信ありげな表情で彰を見つめていた。葵はチャイナブルーを、彰はバーボンを飲み始めた。
「鳳仙花って、こぼれ種でもよく生えるほど丈夫なの。虫とかもあまり着かないの。育て易いってこと。でも、これが本題じゃないわよ♪」
「うん」
「熟すと弾けて種を遠くに飛ばすの。自然に弾ける寸前んだけど、少しでも刺激するとすぐ弾けるのよ。ラテン語で”我慢できない”っていう意味があるのよ」
彰は葵の言葉に静かに耳を傾けていた。
「赤いものは昔から女の子が爪を染めるのに使ってたのよ。鳳仙花もそう。韓国なんかは、爪にホウセンカの汁を塗って、初雪まで色が残っていたら恋が実るって言う伝承もあるくらいよ」
「へーっ、よく知ってるね♪」
「だって、私大好きなの。鳳仙花。そして一番大切なこと。花言葉。彰さんが知りたいのはここよね♪そうでしょ♪」
「まぁ、そんなとこ」
「花言葉は“私に触れないで”」
「そっかぁ。触れるとすぐにでも敏感に種を飛ばすからだね」
「だからそっと触れて欲しいのよ」
「ん?」
「彰さん♪」
「何?」
彰は葵が差し出す手を見つめた。そして、白く細いしなやかな腕の先にある指先にそっと触れた。
微かに指先が震えている。彰はその指先を両手で包みながら葵を見た。
「わかる?♪彰さん」
「うん。なんとなく」
「なんとなくじゃ駄目♪」
「うん」
二人は、自分達がこの空間の中で漂い始めているのを感じていた。


