「迷惑な芯火42。。。」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。






 その日は、葵を自宅近くまで送り届けた帰宅した。


 家のドアを開けるとタマが駆け寄ってきた。


 普段は主人の帰りを待っているようなタマではないが、今夜は何か用があるのだろう。


 タマは二階にある書斎へと階段を登り始め、彰もその後を追った。


 お日様の照る日には、玄関脇に額紫陽花の鉢を置いている。


 今日は帰りが遅くなると思いデスクの上に鉢を戻してあった。


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 タマはデスクに置いてある鉢の前にちょこんと座った。

 朝蕾みだった額紫陽花が、薄紫の花びらを見せ始めていた。




「そうか。タマ、ありがとう。知らせてくれたんだね」

「ニャーオ」

「ありがとう、タマ」




 椅子に座った彰の膝にタマが乗った。

 タマの身体をゆっくりと撫でながら、彰は額紫陽花を見つめた。


 彰の目から涙が零れてきた。その涙を拭おうともせずタマに話し掛けた。





「そうだよな、タマ。この家にはタマと俺しかいない。お互い一番大切ものが何かを知っているんだよ。お前、いいやつだな。ごめんな。ごめんなぁ。。。」


「ミャーオ」


「でも、お前が俺に恋をしているなら、諦めてくれよ」


 彰は、タマの身体を何度も優しく撫で続けた。タマの顔に彰の涙が一粒零れ落ちた。

 タマは一瞬目を閉じたが動こうともせず彰の膝の上で寄り添っていた。主人の心の揺れを感じ取っていたのだろう。

 
 雨が降り始めていた。今夜はタマと二人で語り明かすつもりのようだ。




「俺、今日、葵さんと会って食事して来たんだ。海も穏やかだったし、俺も嬉しかった。俺、これからどうしたらいいか、少しずつ考えなきゃ。いつまでも、このままじゃ駄目なこと分かってる。タマ、どう思う?」


 タマは、気持ちよく膝の上で脱力し手足を伸ばし始めた。


「おーぃ。今夜は俺の話を聞いてくれるんじゃなかったのか?タマ♪」



 彰は笑みを浮かべ、タマを撫で続けた。


「今日はとても嬉しいさぁ。でも、どうして今、涙が出ているんだろう?俺。タマ、教えてくれよ。自分でも分からない」


 自分でも理解できない涙。

 それは理解できないのではなく、自分の心情を表す言葉がみつからないのだろう。

 涙とは心が搾り出すもの。自分の心を言葉で表現できる人間などいるのだろうか。


 自分の心を表現する言葉など、今の彰には見つからない。


 喜びと悲しみは同じことのように感じられていた。


 彰が過ごしてきた日々。


 沢山の思い出や記憶。


 その全ての喜びや悲しみが涙となって零れ落ちているのかもしれない。


 未来に残された時間はいったいどれくらいあるのだろう。


 その時間を引き延ばすかのように、彰は後ろ向きで歩き始めていた。


 彰には、今それしか出来ないのかもしれない。


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 一人で静かに泣く夜は、心がとても穏やかに感じられた。

 50歳になる男子!メソメソするなと誰かに怒られそうだが、彰自身こんな夜を過ごすのは初めてだった。タマの優しさが涙を誘ったのかもしれない。


 人が自らの道徳的指針として何を心の支えにするのだろう。


 宗教?哲学?父や母の言葉?恩師?上司?友人?恋人?色々な人や物、言葉などから自らの生きるべき道徳的直感を鍛え上げているのかもしれない。


 しかし、彰は人間の本質とは何かという命題を考えたとき“愛”しかないと感じていた。


 それは、真理の番人と言われ始めた遺伝子の偶然によって生み出された自分にしかない“愛”が唯一の道徳的指針だと。


 取って代わることのできない唯一の“愛”。


 それを、言葉で表すことなど出来ないが、彰はそれに従って生きている。


 今までの行き方が失敗だと人に言われるかもしれない。

 
 しかし、生きていく中で“愛”も変化している。


 唯一の“愛”ほど不確かな本質もないだろうが、この矛盾しているように思えるものが彰だけの“愛”なのだと。


 ただ、自分以外の人間に彰の“愛”が通じるとは限らないのだ。


 それが、結婚生活だったのかもしれない。



 彰はソファーに座り直した。今夜はモルトにしようとウィスキーを取り出した。


 酒に溺れる人生など似合わないと思いながら43度を口に含んだ。



 隣にコリングラスがあるなら、そこに座る女性は一人しかいない。



 タマは、そんな主人の姿を眺めながら何を思っているのだろう。



 雨が更に強く降り始めていた。


 誰しも、もっといい人生があると思い、自分の生き方を変えようとする。だが、もっといい人生ってなんだろう。


 お金?名誉?地位?


 得たものの価値で決まるものじゃない。

 何のために生きたかだ。単に形として見えるもの、それは人間にとって朽ち果てる僅かな飾りにすぎない。


 しかし、例えボロボロの人生と他人に言われようとも、唯一その人の“愛”を貫く人間の方が、彰には崇高で素晴らしい人生を送ることができるように思えた。


 もう、演技は沢山だと彰は素直な自分に戻ることを決めた。


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