「I live for whom。。。」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。





人生に目的は無い。


ただ、自分の意志と古めかしい思考だけが人生を演じさせるだけなのだろう。


肩を落とした人間が吐き捨てた言葉なら、数限りなく道に落ちている。




その中に自分の言葉を探しながら、もう一度自分が吐き捨てた言葉を拾い集め確かめようとする。


しかし、拾い集めようとした言葉の中にもう自分はいない。



言葉は指の隙間から零れ落ち形すら無く、自分がなぜ人生を吐き捨てたのかと立ち止まる。





人を求めなかったんだと。。。


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切れ切れで心まみれの人間は、言葉を吐き捨てるしかないのかと孤独だけを愛し続けた。


しかし、それは人間を止めること。


人間は仕事をするために生きている分けではない。


そこに人生を費やすことは、やつれた現実しか生まない。




いったい誰の為に生きている。


何故生きている。


生きること、働くことになんの意味がある。




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もう言葉を捨てたりしない。



人生に目的があり、仕事をするために生きると言うなら、人間が生まれてきた意味すら失うだろう。


創造する過程が仕事として成立するならそれは幸せなことだろう。


しかし、それはまれなこと。


人生の終焉が近づく頃、仕事が人生の目的では無かったと気付には悲しすぎる。



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僕は思う。


人間とは、仕事をしないために生きていたのだ。


そのために、慎ましく生きるに足りる糧を得るために働く。


それでいいのだと思う。





欲をむさぼり声を振り上げる人間ほど、目に見えるものに捉われ本来の自分の姿を見失うもの。


この答えを非現実的だと笑う人間もいるだろう。




しかし、働かざる者。。。という低級で危険な発想が


人類の命を紡いできただろうか?




物を欲する社会など仮想でしかなく、人が真に求めるもの。。。



それは人でしかなく、愛でしかない。




だから、僕は慎ましく密やかに愛と生きる。



だから君がいる。




それでいい。






もう、吐き捨てる言葉無い。


僕には


愛しか残っていないから。