「やはり。。。ここにある。。。」
恒太郎は、静かに呟きながらライトが照らす海砂を見つめた。
バカな話だよな。
こんなことあるはずがない。信じる方がどうかしている。
しかし、常識が叫ぶ言葉に背を向け、恒太郎は彼女の存在を信じ始めていた。
理由など、いらなかったのかもしれない。
目の前の砂が、恒太郎に語り掛けるように、彼の瞳は聞き耳を立てるように吸い込まれていた。
なぜ、彼女に懐かしさを覚え違和感を抱かず会話できたのだろう。。。
明るく無邪気にはしゃぐ彼女は、瞳を輝かせ話し掛けていた。
夢の中で。
きっとどこかで、そう。
記憶のどこかにしまってあるはずだ。恒太郎は思った。
デスクの右下の引き出しを手前に引き、重なる本と書類の下から数冊のアルバムを取り出した。
思い出など大切にする柄でもなかったが、学生時代のアルバムだけはなぜかいつもそばになあった。
しかし、この10年、いや10年以上開くことはなかった。
学生時代の青臭い自分と現在のギャップを感じたくなかったのかもしれない。
今の自分と、かけ離れた希望に満ちた笑顔の自分の顔など忘れ去りたかった。
数冊のアルバムを見開いているうち、一冊だけ他と違う装丁のものがあった。
"№9"とだけ表に書いてあった。
なぜ"№9"なんだ?
と、恒太郎は一瞬疑問符が浮かんだがすぐに消えた。
見覚えの無いアルバム。
blueの装丁に"№9"とだけ数字だけが書かれていた。
不思議に思いながらアルバムの扉を開いた。
過去を今へ繋ぐ思い出のアルバム。
記憶とは何かが違う。
色も香りも、そして匂いさえも呼び起こす感覚がある。
肌に触れた機械的な刺激までもが、一つの質感となって立ち上がるような、そんな思いでアルバムを開き始めていた。
アルバムのページは、暫く何事も無く通り過ぎていた。そして、最後のページに辿りついた時だった。
恒太郎が目にした写真には。。。。
夢で出会った女性の横顔が写されていた。
まぎれもなく。。。
彼女だ。
でも、なぜ?
なぜ彼女がここに映っているんだ。
懐かしさは、ここから漂っているのか?
いや、待て。
記憶に無いほど自分がボケているとは思えない。
顔さえ覚えていれば、懐かしさを感じる理由にはなる。
しかし。。。
恒太郎の記憶にまったく無い女性が、№9のアルバムに貼られていたからだ。
説明がつかない。
色褪せた写真を覆う透明なフィルムを剥がし、そっと手に取り彼女が写っている写真の横顔を見つめた。
彼女は、少しはにかみレンズを避けるようなしぐさで笑美を浮かべていた。
海辺を背景に映された横顔。
彼女でしかない。
自分が写したものなのかと、写真の裏を見た。
恒太郎は、写真の裏を眺め息を静かに呑み込んだ。
そこには、自分の筆跡で書かれた名前があった。
自分の名前と、そしてもう一人の名前が。。。
アナログ世代の名残を惜しむかのように、万年筆で書かれた文字。
少し薄れていたが、そこに書かれてあるのは女性の名前だとはっきり分る。
その名前を見た瞬間、恒太郎は"№9"の意味を手繰り寄せるよりも早く、自らの記憶から零れ落ちるように思い出が立ち上がり始めていた。
keyword。。。№9
つづく
