耳に入る声は無く。。。
「。。。〇△*#+*#$%&□。。。」
ん?聞き取れないまま恒太郎はもう一度
「どちら様?聞き取れなません。。。」
すると、
「リンゴジューススススス。。。。。プープープー。。。。」
電話は切れた。
リンゴジュース?ん?なんのことだ?それに聞いたことの無い女性の声。
ん?
待てよ?
いや、今の声?えっ?そんなことはないよ。。。な~?
今朝方見た夢で出会った女性、そして交差点で見かけた女性が脳裏を駆け巡った。
いや、そんなことはない。
うん。出来過ぎてる。あり得ないだろう。
そう自分に言い聞かせてみたものの、ジャケットの胸ポケットに入っている海砂が心を引き戻していた。
とりあえず仕事に向かってはみたものの、なかなか身が入らない恒太郎。
時計は既に12時半を過ぎていた。
近くのコンビニにとぼとぼと出向き、弁当とお茶を買ってくる。
既に陽は西に傾き、オフィスの窓から差し込む日差しが物の影を長くし始めていた。
いつものように、たった一人でデスクでモグモグと弁当を食べ始めた。
すると、独り言のような声を上げた。
「そっかぁ!」
着信履歴に電話番号が表示されているはずだと恒太郎は気付いた。
なんとも気付くのが遅い男。
携帯を開き着信履歴を見た。
そこには確かに電話番号が表示されていた。
ん?
待てよ?
もし今この電話番号に自分から電話を掛けたとして、相手に何と言うつもりなんだ?
相手の女性も知らないのに。いや、知っている?
いや、知らない。
うん。電話してみたところで怪しい中年としか受け取られ兼ねない。
うん。
いや、まて。なぜ自分は今こんなことを考えているんだ。
ただの間違い電話かもしれないじゃないか?
そんな問答を繰り返しながら弁当を食べ終わり、ペットボトルのお茶をグビッと口に含み食べ終わった弁当の殻を足元のゴミ箱に捨てた。
みんな出払っているオフィスの静けさは至福の時だった。
別に職場が嫌いなわけじゃない。しかし、どこにいっても自分の行動は周囲を考えてのもの。
誰もいないということは、誰にも行動が左右されない自由に感じられたのだった。
自分の好きなように行動すればいいだろうと普通は考える。
しかし、この中年男はまったく自分というものを持たずに生きてきたようなものだった。
周囲が望む姿に徹していたと言える。
これでいいんだと自分を納得させ心の声には耳も貸さなかった。確かに頑固だが、それも自分の為に意固地になることもなく10年間ただひたすら仕事だけに打ち込んできた。
恒太郎の生活を傍から見れば、なんとも風変わりに見えるだろう。
しかし、職場の人間は恒太郎が自分の洗濯物をコインランドリーで洗っていることなど知らない。
部長の顔しか。
夕方、定例会議が終わりデスクに戻り帰り支度を始めた。
とくに持ち物は無かった。
携帯電話と車のキーをポケットにいれた。
部員に声を軽く掛け、退社し車へと向かった。
社の駐車場は少し離れた場所にあり、テクテクと歩道を歩いていた。
信号を一つ過ぎれば車が見える。信号待ちをしていた恒太郎は、また朝見た夢と交差点で見かけた女性の姿を思い出していた。
信号が青に変わり駐車場へと歩いた。
陽は落ち、あたりは暗くなり、街灯が車を薄く照す中静かに車に乗り込んだ。
いつも真っ直ぐには帰宅しない恒太郎。
ポケットから携帯電話を取り出し着信の有無を確認し、ゆっくりと車を駐車場から出し国道を走らせた。
自分の帰る場所はどこにあるんだ。あそこは自分の居場所じゃない。
こんな言葉が、いつもの繰り返し頭の中を漂う恒太郎だった。
車を20分ほど走らせただろうか、いつも立ち寄る浜辺に着きエンジンを止め波の音を聞き始めた。
一本煙草を取り出し、車の窓を少し開け煙をくゆらした。
煙草の蛍火が恒太郎の横顔を僅かに照らしていた。
潮の香りが。。。夢と同じように恒太郎の周りを霞めていた。
つづく
