その日は、夕方の定例会議を終えた後、美由紀との待ち合わせ場所のシネマ館の入り口近くで彼女の来るのを待っていた。
10分ほどして、白のハーフコートを着た美由紀が駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。帰り側に飛び入りの仕事が入ってしまって。これでも、急いで来たのよ。化粧崩れてないかな♪」
美由紀は錬太郎の腕に絡んだ。錬太郎は、少し笑いながら美由紀の腕をしっかりと脇に抱えた。二人が映画館の中へ入ろうとした。
その時だった。
遠くから錬太郎を呼ぶ聞きなれた声が聞こえた。
「おーい、錬太郎!待ってくれ!」
和也だった。
「何でお前がここにいるんだよ?今日は映画を観に行くから一人で夕食先に食べてろって昼に電話したろう?!」
「なんでって。。。お前。。。携帯の電源切ってたろう」
「あぁ。いいだろう、デートの時に邪魔なんだから」
「お前のおやじとおふくろさんが来てるんだよ!」
「えーーーっ?!!!今?」
「今だよ、今!。。。お前に電話しても繋がらないしさ、映画館は聞いていたからすっ飛んで来たんだ!電話して呼び出してもらおうかとも思ったけどさぁー、俺。。。あの二人苦手なんだよ。小さいころからろくなことしてなかったから。。。俺。。。いつもお前のおやじに怒られてたから。。。また、お前かって言われて。。。」
「ねぇ、錬太郎。。。帰った方がいいよ。。。映画ならまだ今月末まで上映してるから。。。ね♪」
「ん。。。じゃ、美由紀。君も一緒に来てくれるかい?」
「えっ?私も?。。。ん。。。」
少し戸惑いを見せたが、その表情は微笑んでいた。
「仕方ないな。じゃー、一緒にいってあげるよ♪」
「錬太郎。。。俺は映画観てから居酒屋に寄って夕食済ませるから。もしかすると、夜はそのままネットカフェにでも行って泊まるかもしれないから。じゃ、後よろしく!」
「おっ、おい。。。まったく、あいつは気楽だよなー」
和也は映画館の中へと消えていった。
錬太郎と美由紀は地下鉄に乗り、自宅マンショへと向かった。
電車を降り駅から歩き始め、美由紀は錬太郎の腕に確りと自分の腕を絡ませ寄り添って歩いた。
彼女の温もりは、コートを通しても十分感じ取れるほどだった。
錬太郎の頭の中には、自分の両親の声と顔、そして思い出となるものが少し薄れている気がしていた。
不思議な感覚だった。
自分が創りだした物語の世界で、父は自分の身代わりとなり生を与えてくれた。なら、ヒマちゃんが一つにした世界で出会う父と母は、いったい誰なのかという戸惑いのようなものだった。
人は長期記憶は比較的温存されているというが、今の錬太郎の記憶の中には、自宅に近づくにつれ思い出そうとすればするほど記憶が呼び起せなくなっていた。
錬太郎は焦り始めた。
和也はしっかりと過去の記憶を残しているようだった。なら、なぜ自分の両親の記憶が消え始めているのか。。。
周囲の環境に変わりも無く、美由紀も認識できている。
錬太郎の心は、不安と静かな興奮が入り混じっていた。
美由紀の肩を強く抱き寄せた。美由紀は、錬太郎の横顔を見上げ何かを感じ取っていた。
二人は強く身体を抱き寄せ、自宅マンションのドアの前に立っていた。
今、新たな世界に立とうとしているのか。。。
人は。。。辿りついた世界所から。。。再び新しい世界を目指す。。。
それが運命なのかもしれない。。。
つづく