錬太郎は和也を部屋に残し、仕事に出かけた。
空気がヒンヤリし始め、肌寒い朝だが何故か心は温かく晴れていた。
錬太郎の心の中で、自分がこれからすべきことが薄っすらと見え始めていた。
まだ、誰にも伝えることは出来ない。
街路樹のそばで立ち止まった。大きく息を吸い込んだ。
君らは、いま命を返すんだね。。。地球に。。。そして、また新たに生まれ変わる。。。根元に落ちた枯葉を眺め、錬太郎は独り言を呟いていた。
これから、季節は足早に景色を変えていく。その季節の移り変わりの中で、人は時々の感情に触れることなく日々を過ごしているようにも見える。
通勤で行きかう人々。足早に今日一日に向け。
遠い明日の行先なら、誰もが知っている。それでも、人は歩き続ける。
その意味を問いながら、答えを出すより、その意味を問うことで人生を満たす人間。
何故だという問うことが、人間としての証であり、何故と問うことで人間は満たされているのかもしれない。。。そう錬太郎は思い始めた。
初老の紳士が、ゆっくりと街路樹を眺め、何を思うのだろう。その目はとても優しく見えた。
錬太郎は、その男性に語り掛けた。
「秋も終わりですね。。。」
そう静かに語り掛けると、その男性は
「終わりではなく始まりだと私は思いますよ。私も年老いて自らの寿命を感じるようになりました。かつて、この道を家族と仕事に活かされ生き生きと歩いていた自分を思い出します。いま役目を終え、最近は心も衰えてきたように感じていました」
男性は、語り始めた。
錬太郎は何気なく言葉を軽く掛けたつもりだったが、彼が発する言葉に何故か心が入り込んでいった。
二人は街路樹のそばに、周りの流れとは全く無縁の静寂の中にいるようだった。
初老の男性は銀色の杖を右手に持ち、グレーのコートを羽織りこぎれいに刈った短い白髪混じり髪を木枯らしになびかせていた。
錬太郎は彼に言った。
「私も、もうすぐ50です。そろそろ明日が見え始めました。私には枯葉と自分を重ね少し物悲しく見えます。どうして、終わりではなく、始まりに見えるのですか?」
自分が、何故こんな言葉を彼に問い掛けているのだろう。思考の続きで始めようとしいうのか。男性に、問い掛けずにはいられなかった錬太郎がいた。
「君は、今まで目的があって生きてきたのでしょう。その目的が手に入ると、また次の目的を探そうとする。そして、そこへ向かおうと必死に努力する。しかし、考えもごらんなさい。人間に目的なんてあったらつまらないですよ。目的がないということが大切なことのように思います」
錬太郎は肯定も否定もしなかった。
昨夜の思考の旅の中で自分なりに得た答えのようなものがあったからだ。
紳士は言葉を続けた。
「人生に目的などない。私は今それを感じつつあります。活かされ生かされてきた。それだけです。生きようとして生きていると肩に力が入ります。でも、この枯葉をご覧なさい。いったい誰が彼らを愛でるでしょう。色あせ、行きかう人に踏まれ、やがて土に帰る。私たちと何が違うのでしょうね。私たちの身体も破壊に向かうためのプログラムが遺伝子に組み込まれています。誰しも壊れるのです。枯葉と同じです。でも、たった一つだけ枯葉と人間の違いがあります。それは考え悩むことです。この枯葉と人間は一つだけしか違いが無い。そう考えると、枯葉と自分を重ねても私は悲しいとは思いません。だから、これから新しく地球のどこかで生まれ変わるために、そこへ向かうと。この枯葉という彼らと共に。。。」
この初老の紳士はいったいどんな人生を歩んできたのだろう。
錬太郎はとても興味を抱いた。
「失礼ですか、お名前をお聞かせ頂けますか?遅れました。私は澤井錬太郎というシステム開発関連の会社に勤務しているサラリーマンです」
錬太郎が彼に言うと
「貴方が名乗る必要はありません。昔からの知り合いですから」
錬太郎の疑問符?が。。。始まった。。。
しかし、彼が何者なのか漠然と錬太郎の心の中で感じつつあった。
彼は通りの反対側へと消えていった。
こんな会話を朝からしていた錬太郎だが、寝ぼけているわけではない。そこえ、自転車が通り掛かり立ちすくむ錬太郎に接触しかかった。
「気を付けろ!」
その若者に怒鳴られたが錬太郎は無視したまま、通りの向こうに目を向けたままだった。
地下鉄に乗り、改札口を出たところで今野美由紀と出会った。
彼女も社に用事があったらしく、自宅からまっすく来て錬太郎が出社する時間を見計らい待っていたのだった。
「錬太郎!おはよう♪」
「よう♪何?今日はこっち?」
「うん。専務から頼まれた用事があって。錬太郎。。。なんだか顔ぼやけてるよ?寝不足?」
「い、いや。そんなことはない。どう、少し時間があるから珈琲。おごるよ」
「ラッキー♪。。。ねぇ、今夜さぁ、映画観にいかない?チケット二枚^^ほら♪」
美由紀はそう言って、バッグからチケットを取り出して見せた。そのチケットを錬太郎は少し目から遠ざけながら見た。
「何?老眼?錬太郎。。。親父だね♪^^」
「何言ってんだ。君だっておばちゃんだろ♪」
「おじちゃとおばちゃんか。。。まぁ、いっかぁ^^ねぇ、どう一緒に行ける♪?」
「多分。。。大丈夫だよ。予定が入らなきゃね」
二人は会社近くのカフェでモーニングセットを注文した。
錬太郎は、さっき出会った初老の紳士が気になっていた。
美由紀が話し掛ける言葉に頷いてはいるが、耳には入っていない。
「ねぇ、錬太郎!聞いてるの?もう。。。これだもの。。。」
「あっ、ごめんごめん^^」
窓際に座る二人に温かい日が差し始めていた。
こんなひと時に、錬太郎はとても新鮮な喜びを感じていた。
つづく