43. Smile | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。





 泉は背中を向けたまま。。。




「私がついてるからね。。。私がついてるから。。。錬太郎。。。大丈夫よ♪」



錬太郎は、泉に背中から近寄り、静かに抱きしめていた。。。


 抱きしめた錬太郎の腕に泉の涙がこぼれ落ちていた。切なくも深いため息が。。。部屋を満たしていた。


 錬太郎は、心の中で。。。ありがとう。。。と。。。





 人間でいさせてくれて。。。泉。。。ありがとう。。。と。。。。




 その意味を錬太郎は理解しつつあった。。。



 翌朝、錬太郎は泉と二人で近くの公園を散歩していた。紅葉葵 (もみじあおい)が五つの花びらを空に向けて咲き誇っていた。真っ赤な花びらが青空にくっきりと。


 二人は大きく息を吸い込み、顔を見合わせ微笑んだ。


 言葉は無かった。


 玄関を出る時、錬太郎が言った。






「泉、明日。。。帰ってこれたら。。。美味しいコーヒー。。。俺が入れるよ」



「あらっ、私が入れるコーヒーより美味いコーヒー作れるの?」






 と、泉が微笑むと





「俺が。。。人間なら。。。コーヒーくらい入れれるさ♪。。。じゃ。。。行くよ」





 と言いドアを閉めた。





 泉はドアに頬を寄せ、するりとドアに背中を向けた。錬太郎はドアのノブを握り締めたまま、暫く立ちすくんだ。


 今日は、暑い一日になりそうだ。。。錬太郎は前に歩き始めた。




 会社を11時過ぎに退社し、レンタカーで地下鉄の入り口近くに停車し裕子を待った。


 コンビニで買ったお茶とお弁当、そしておやつを少し。こんな時でもおやつが買えるんだと、錬太郎は自分に呆れていた。



 昼12時、裕子が小走りに車へ駆け寄って来た。



 ドアを急いで開け






「ジャストでしょ♪部長♪今日はスカート少し短いかな♪」






 と舌を少し出し無邪気に微笑んでいた。




「目のやり場に困るが。。。まぁ、いいさぁ。じゃ、行こうか」





 錬太郎は右手だけをハンドルに添え、走り始た。



 一方、麻里恵は健太と共に午後2時と3時頃それぞれ別々早退した。




 公園の池のほとりで待ち合わせていた。






「マリちゃん♪」






 と健太は大きく手を振っていた。麻里恵は少し照れくさそうに微笑み





「けんちゃん。。。もう。。。声が大きいでしょ♪」

 

「だって、嬉しいんだ。はじめてマリちゃんと、こうして二人きりで過ごせるなんだからさぁ♪」




 と健太は大はしゃぎだ。




 錬太郎は、この日のため健太の仕事のスケジュールを変更させ、麻里恵が健太に合いたがっていると伝えていた。麻里恵はすでに健太へ気持ちが傾いているのは解っていたから、あとは今日をクリアーすれば二人は幸せになれるはずだと思っていた。



 二人は公園で談笑し、麻里恵は時折錬太郎から渡された電波時計に目をやりながら





「ねぇ。。。少しボートに乗らない?いいでしょ♪」





「はい♪お望みとあればなんでも♪」




 二人はボート乗り場へと向かった。しかし、これが後でとんでもないことを引き起こすことになるのだった。


 麻里恵は。。。




「まだ午後4時半。大丈夫だわ」




 と独り呟いていた。






 錬太郎と裕子は旅館までまで1時間半くらいまでのところにいた。



 全てが運命に向かって走り出していた。



 高速を外れ、錬太郎と裕子を乗せたセダンは市街地を抜け、軽目の夕食を取るため郊外のレストランに入った。少し早いが、錬太郎は腹ごしらえでもと思ったのだろう。


 金曜日の夕方4時半、二人は店の奥に進んだ。



 席に着く、と店員が




「メニューがお決まりになりましたらテーブルの上にあるボタンを押してお知らせ下さい」





 と言い、コップを二つテーブルに置いていった。



 二人は顔を見合わせた。裕子の顔は窓の外から差し込むオレンジ色の光が頬を染めていた。

白い指先でメニューに目を向け、長い黒髪が肩から前に顔を隠すように流れた。

 



「僕はシーフードパスタでいいよ。ゆうちゃんは?」




 と聞くと




「私も同じもので」




 二人は注文を知らせるボタンを押そうとした。錬太郎の手の上に裕子の手が重なっていた。裕子は。。。ふっ♪と笑みを浮かべ重ねた手を戻した。


 
 食べ終わり二人はコーヒーと紅茶で。。。この僅かな穏やかな時間をかみ締めるかのように。。。過ごしていた。



 店を出て、少し広い駐車場を。。。車までゆっくり歩いていた。

 




「部長♪腕組んでもいいですか?」




 

 と、裕子が言うと錬太郎は何も言わずに裕子の手を握った。



 風が少し出てきた。裕子の髪が風にそよいでいた。



 二人は言葉も無く車に乗り込み旅館へと向かった。

 
 

 車はうねった山道を抜け、民家が見えはじめていた。その集落を抜け奥へと進むと、開けた台地が目の前に。。。そして赤みを帯びた朱塗りの大きな門が見え、その奥に廃屋となった温泉旅館が現れた。




「ここですね、部長」




 と、裕子が言った。





「そう。ここだよ。。。僕が以前。。。写真を撮った場所さ」


 
 日が西の空に傾き、薄暗くなり始めていた。そのころ麻里恵と健太はボートでとんでもないことになっていた。




つづく