錬太郎は自室でシャロン・モアレムが書いた「迷惑な進化」という本をうつらうつらしながら読んでいた。なぜ、この本があるのか錬太郎には分らない。現実世界でも彼はどんなに夜疲れていても、栄養剤のように数ページ色々なジャンルの本を読みながら瞼が閉じていくのを待っているのが常だった。
遺伝子の中には人間の身体を破壊するプログラムがすでに大昔から組み込まれているらしい。。。錬太郎自身の身体にも組み込まれているはずだと。しかし、なぜか衰えを感じていないのが不思議に思えてきた。
風邪にはじまり病気というものに掛かったこともない。ケガもほとんどしていない。この創られた物語の世界で泉と夫婦の姿を演じているが、もしかすると。。。自分はもうすでに。。。
何か、妙な感覚を覚えはじめていた。
うとうとしていると裕子からメールが来た。
「明後日、時間に遅れないように行きます。。。」
と、書かれていた。錬太郎は
「はい、時間通りに迎えに行きます」
と、返信した。すると裕子から
「部長♪今日はとても素敵でした。いつまでもそばで咲いていれたら幸せです♪。。。裕子」
錬太郎の携帯画面に一粒の雫が零れ落ちた。
夜は静かに過ぎていった。
翌朝、いつもの朝食を済ませ玄関に向かおうとする錬太郎に、泉が
「あなた、今日は早く帰って来てね♪明日はしっかりしなきゃね♪」
と。
「うん」
錬太郎は小さく頷いた。
泉の言葉を背中で受けながら会社に向かった。途中、いつもの自販機で缶コーヒーを買おうとした時、右ポケットに120円が入っていた。
多香子がくれた120円だった。これを使うのはやめようとなんとなく思い、財布から別に120円を取り出し投入した。そばには額紫陽花が咲き、その花びらに集められていた朝露が輝いていた。錬太郎ははゆっくりと歩き始めた。
今日は少し暑くなりそうだなと、ぼんやり歩いていると裕子が錬太郎の後ろから小走りに寄ってきた。
「部長♪おはようございます。一緒に行きましょう♪」
二人は地下鉄の入り口へ向かった。会社につくと麻里恵と健太がオフィスの隅で立ち話をしていた。
話が終わると、速水健太が錬太郎のデスクに来た。
「いよいよ明日です。僕の恋は実るでしょうか?」
と、小声で言った。少し不安そうに見えたが、錬太郎は
「心配するな、大丈夫!」
健太の頭を軽く小突いた。
「さぁ、仕事しろ!ほら。。。いったいった」
健太をデスクに戻した。昼食を取ろうと外へ出ようとした。すると、麻里恵が
「部長、明日の計画について再確認したいのですが」
と、小声で話し掛けてきた。
「ああ、じゃ昼一緒に食べようか。ベランチでよければさ!」
「やった♪行きます」
二人はベンチに座り錬太郎がサンドを口に入れ、お茶を流し込んだ。
「明日、もう一人サポーターが必要になったんだ。夏菊瑠菜さんていう看護師さんなんだけど。今、妻の泉の父が入院している病院の看護師さんなんだ」
「え?誰ですか?全てを知っている人でなきゃダメなんですよね?」
と、首を傾げながら麻里恵が言った。
「ああ、自動販売機伯爵の秘書をしているらしい」
「へ~っ、そんな人がそばにいたんだ。あと、部長の方は誰がサポートするの?」
「私の方は妻の泉がコインを同時に入れることになった」
「あと、マリちゃんにお願いしていた地震の時間だけど」
「あああ。。。私。。。少し勘違いしていて夕方の6時37分でした」
「やっぱり。マリちゃん、時間差は無理みたいだな~。同時刻なんだ。全て同時にコインを入れなきゃダメなんだ!」
「じゃ、私の方は私と健太と、その瑠菜さんの3人。コインを入れるのは私と瑠菜さんね!」
「そうだ!」
「俺の方は、ゆうちゃんと二人で旅館の前の自販機に、泉は自宅近くの自販機だ!」
「そして同時にコインを入れるんですね!」
「電波時計を4個買ってきてある。2つ、これ持って行ってくれ。瑠菜さんには俺が連絡しておくから大丈夫だ。その時間には確実にそばにいるはずだ!しっかりやるぞ!健太には絶対に言うなよ!解ったな!!!」
錬太郎は青空を見つめながら、麻里恵の肩に載せた手に力を込めていた。
つづく