38. A start | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。







昨夜はあまり眠れず早く目が覚めていた。少し頭がボーっとしていたが、久しぶりに近くの公園まで散歩に出掛け30分ほどして自宅マンションの玄関に戻ると、玄関近くの植栽に泉が水を掛けていた。




「よっ♪錬ちゃん!」




 泉の瞼が少し腫れていた。錬太郎は泉の方を見て




「おはよっ♪いい天気だね」




 とぼそっと言った。




「あなた、今日は10時から父の手術が始まるけど会社の方大丈夫?」




 と泉は花をいじりながら言った。



「大丈夫だよ。昼前には行けるから」




 と、錬太郎は青空を見上げてから玄関へ入った。

 朝は相変わらずバターたっぷりトースト一枚とカフェオレ。少し暑くなりそうなのでスーツを肩からさげ



「いってくるよ、泉」




 と言うと




「はい。しっかりね。あなた♪」




 と背中に優しく声を掛けてくれた。


 錬太郎は思った。心の中で。。。みんなを幸せにしたいと。独りよがりなのは分ってる。架空の物語だということは分っている。でも、ここに自分がいるかぎり誰一人不幸にしたくはないと。。。



 会社に着くと健太が寄って来た。




「金曜日の夕方は例の段取りでいいっすよね♪」




 と嬉しさをこらえるように健太はコテツの耳元で話した。




「あぁぁぁっ。。。うんうん。。。そうそう」




 と表情を変えずに頷いた。入れ違いに麻里恵がデスクにお茶を運んで来た。小声で静かに




「例の計画は健太には話してませんよね」




「うん。後で再確認しよう。一分一秒の違いも許されないぞ!。。。あっ、2年前の地震が起きた正確な時間を調べておいてくれ。麻里恵頼むぞ」




 速水健太は不思議そうな顔をして二人を横目で眺めていた。10時、裕子にメールを送った。




「夕方会いたいけど、時間ある?」




 と。20分くらい過ぎて返信された裕子のメール見た。




「はい。場所はお任せします」




 とだけ書かれてあった。



 さて、計画実行のためにはもう一度自動販売機の伯爵?アッ君?とコンタクトできなきゃな困るな~あいつ。。。どこふらついてるんだ~と錬太郎は焦りを感じていた。


 錬太郎は病院へ向かった。病院玄関に着くと多香子と助さんに出会った。




「よう!おやじさんの具合どう?」




 と、多香子に聞くと助さんが




「大丈夫です♪」




 元気に答えた。




 ???なんで助さんが即答しているんだ?はは~ん




「そっか♪タカちゃんも大丈夫?」




「はい!大丈夫です♪」




 と、また助さんが答えた。




「だから、助さんに聞いてないよ。。。」




 と、錬太郎が笑いながら言うと多香子は横で微笑んでいた。それで、全てはわかるよな。。。助さん。。。おめでとう。



 錬太郎は二階の手術棟へ向かい、通路の横長の椅子に腰掛けている泉に近寄った。




「どう?」




「まだ。もう少し掛かるみたいなの」




 と、泉が元気なく答えた。その時、一人の看護師が近づいてきた。




「ご家族の方ですか?」




 と。


 ネームプレートに夏菊瑠菜と書かれていた。瑠菜。。。?ルナ??。。。。こじんまりとした小顔で薄化粧の利発そうな女性だった。



 夏菊瑠葉は心臓外科ICUに勤務する看護師である。


 声は非常に穏やかであるがはっきりとした口調で丁寧に父の状態について説明してくれた。彼女が説明してから30分が過ぎ、ストレッチャーに乗せられた父が手術室から出てきた。


 少し後から担当医が出てきて手術の経過と今後のスケジュールについて泉に語り掛けた。


 その横で、夏菊瑠菜という看護師が錬太郎に小声で言った。




「私は自動販売機伯爵の秘書をしておりますルナと申します。伯爵から伝言を言い付かっております」




 ん?少し驚いたように彼女の顔を見た。




「君が彼の秘書?アッ君の?」




「今回の救済計画ですが、少し障害が生じました」




「なに?えっ!どんな?」





 彼女は錬太郎に耳打ちし、医師と共にエレベーターに向かった。




「泉。。。どう?先生何て言ってたの?」




 と錬太郎が泉に話し掛けた。




「手術も上手くいったし、順調に回復するだろうって。。。だから、もう心配ないよ♪。。。あとは錬太郎♪あなたの方よ!しっかりしなきゃね」




「良かった。よし!じゃ、俺は社に戻るよ」



 
 と泉に背を向け歩き出そうとした時、振り返り




「泉。。。ありがとう。。。じゃ、行って来る」




 泉は微笑んでいた。




「言い忘れた、さっきの看護師さん・・・夏菊瑠菜さんて言うんだけど、彼女が付いてるからお父さんのことは心配なくていいぞ。何か聞きたいことがあったら彼女に聴いたらいいと思う」



 と言うと、泉は




「うん、知ってるわ♪」




「えっ?知ってる?あっ。。。ぁぁぁぁ・・・そう?」




 錬太郎は病院玄関へ向かった。


 その時




「錬ちゃん♪。。。なんか勘違いしてるぞ♪」




 と多香子が駆け寄ってきた。




「もう。。。助さんが色々お世話してくれて助かってる。錬太郎も忙しそうだし。。。でも、何か誤解してるよ♪さぁ、行って。。。あっ!これあげる♪120円。。。喉渇くでしょ♪缶コーヒーでも買って飲んでよ♪」




 と、多香子は錬太郎のポケットに入れた。



 この120円が後で自販機の哀愁サービスを成功へと導くことになるとは錬太郎は知らない。



 錬太郎は社に戻り仕事をテキパキ?とこなし、気が付くと夜の7時を過ぎていた。裕子へメールを送った。


 缶コーヒーを飲みながら屋上から暮れ始めた街を眺めていた。その時、病院を出る前に泉が瑠菜を知っていたということに、不思議な感覚が残っている自分に気付いた。なぜか、泉は関わりがある。。。?いったい自販機とどんな関係があるのだろう。。。錬太郎は少しの間、ベンチに腰掛けながら考えていた。


 裕子とは、近くのカフェバーで待ち合わせをしていた。20分位遅れて店に着いた。彼女はカウンターの奥の隅にチョコンと腰掛けていた。錬太郎が入り口から中を覗くと、奥から微笑みを返し軽く会釈してくれる裕子が見えた。


 さぁ。。。錬太郎。。。これからだ!


 雨音は。。。音も無く降り始めて来た。




 つづく