34.Hug it | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。





アッ君が続けた。。。





「但し、人間になったなら額紫陽花だった時の彼女の記憶は消えている。だから、彼女は錬太郎が廃墟となった旅館で微笑んでくれた記憶は忘れてる。会釈してくれたことも全てな。そばに彼女を引っ越しさせ同じオフィスで仕事が出来るようにしたのは私だ。あとは、錬太郎次第だ!お前が、もう一度あの廃虚となった旅館の前にあった自販機に120円を入れなきゃだめなんだ。同じ月日、同じ時刻にコインを入れなきゃ彼女は何も知らないまま消える!それが自動販売機の哀愁サービスの掟だ!」




「哀愁サービスの掟?。。。なんだよ。。。それ?掟って。。。彼女が消えたらどうすんだよ!そんなの勝手にアッ君の世界の掟で決めるなよ。今、やっと俺の物語の中で始まったばかりなんだぞ!いくら物語だって、リアルな世界と重なってるじゃないか。。。それ!時間なんか正確にわかんないよ」






 と錬太郎が声を少し大きくして言うと






「錬太郎、お前が取った写真に日付が入ってるだろう。その日付に間に合わないと裕子は消えるぞ」




「だから、俺が創る物語なんだろう!彼女の運命は俺が創り変えればいいだけじゃないか!」




「そうはいかないんだ。君が創る物語といったのは、君が意識して創りだしているんじゃないんだ」




「ん?なんだよ。。。それ」




「すべては、もう決まっていたんだ。すまん。お気楽な錬太郎だから、少しは興味を持ってこの世界に楽に入れると思ってさ。いやー。。。すまんな」




「なら、彼女の運命も決まっているのか?」




「そこだけは錬太郎とこの物語の出てくる虫観るチームのメンバーの働きに掛かっている」




「で、アッ君とヒマちゃんは?君ら二人は何をするんだ?御大層に心のバランスをとるためウイルスとか言ってさぁ。。。かき回すだけかき回してくれてるだろう?」




「まぁ。。。そう言うなよ。少しは役に立つこともあるさ」




「まったくさぁ。。。今頃になってあれこれ考え始める俺もいい加減だから仕方ないか。。。で!俺は裕子を救うってことだ!それしかないんだな!」




「彼女は、錬太郎のそばに居たくて、錬太郎好きで、ただその思いで人間になれたんだ。錬太郎。。。わかったか?そっと静かに咲いていた額紫陽花に微笑んでくれた錬太郎だから。。。彼女が今いるんだぞ!忘れるな!」




 錬太郎は言葉を返さなかった。




 そういえば、彼女がオフィスにいたのは2年半程前だ。。。梅雨が明けてからだった。





「但しだ!錬太郎、裕子に今の話はするなよ。旅館前の自動販売機の前まで彼女を一緒に連れて行かなきゃならないんだ。いいな!あっ、それと錬太郎の会社の部下に速水健太っているだろう!奴は昔、自販機のそばに立っていた街灯なんだよ!奴も時間が限られているはずだ。だから、彼を救うにもパートナーがいるんだ。錬太郎のそばにいるぞ!」




「えっ?誰だよ、そのパートナーって?」




「とにかく、その人間と二人で何とかしろ!わかったな!」



「えっ・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!しっかり教えてくれよ!」



「私はこう見えて忙しいんだ。錬太郎だけに付き合っていられないんだよ」



「いつもひまそうに俺のそばでごちゃごちゃ言ってるじゃないか。。。アッ君、聞きたいことがまだある」



「じゃねー♪」






 そう言ってアッ君は軽く返事をしてから答えなくなった。何故彼女の名前がなぜ裕子なのかは分らなかった。


 今は7月の中旬。。。んんん。。。週末くらいじゃないか?金曜日の夕方だったな。。。確か!6時頃だったような。。。帰ってすぐあの時撮った写真を見てみないと。。。錬太郎は社を後にし地下鉄へと向かった。


 ガラス越しに流れる灯りを静かに眺めながら自販機との会話、いや自動販売機様との会話、そして額紫陽花との出会いを静かに思い起こしていた。



 自宅マンション近くの自販機前の前に辿り着いた。



 そこに、最後の額紫陽花が小雨が降るの中。。。精一杯咲き誇っていた。錬太郎の頬は濡れていた。たった一度の微笑みに。。。彼女は自分の命を懸けている。。。涙か雨粒か。。。わからない滴で錬太郎の頬は濡れていた。



 しゃがみこんで額紫陽花を見つめていると、後ろから女性の靴音が聞こえてきた。



 振り向くと傘を差した裕子が静かに立ち止まり、錬太郎に微笑んでいた。


 錬太郎は彼女に歩き寄り




「いつも、微笑んでくれてありがとう」




 そう言うと、裕子の肩を静かに引き寄せた。





 裕子は一瞬驚いたようだった。しかし、心が溶けるように互いに身体を引き寄せ一つになっていった。。。



 紫陽花柄傘は小雨を拾い集め、くるくると二人の周りを踊っていた。




 二人に言葉は無かった。




 互いに語る術はない。ただ抱きしめているしか。。。




つづく