軽く会釈をした女性の名は紫陽花裕子。先日、社内で行なわれたビールパーティーで一度隣の席に座っていた。ちょっと待てよ。。。裕子?
仕事の話を少しをしたことがあったが、そのとき
「部長さんは、よく飲みに出掛けられるのですか?」と聞かれ「あ。。。駅前の空き地の隅にある赤提灯の店で、はげおやじをからかってチビチビ飲んでるよ」と言ったように覚えている。だが、今夜の赤提灯とは場所がは違う。
今夜、何故知らない店に来て、はげおやじから”まいど”と言われ、そして。。。紫陽花裕子という女子社員がここにいるのか。おやじの頭は少し混乱していた。っていうか。。。何が起こってもおやじはほとんど動じない?にぶい?この性格。。。
おやじは、自販機の中から聞こえた女性の声を思い出していた。自分の物語のスタートと言っていたが。。。もしや虫観るチームの課題ってこれのことか?まったく説明も無かったぞ!。。。ん。。。でも、まぁ、いっか~。おやじ。。。
おやじは、この場は話を合わせようと思った。あれ?ん?でも待てよ?彼女がここに来る理由にはならないし、誘った覚えもない。
「おやじ、酔って誘ってたんじゃないのか?ハハーン♪」
と頭の中から声が聞こえた。んんん。。。そんなはずはないなよ。。。と思わず頭の中から聞こえる声に答えていた。
あれ?誰がだ?誰がしゃべってるんだ?この声は虫観るチームの声じゃない。
ともあれ、おやじは遠慮しながら仕事の話や他愛もない話題をはじめ、微笑む彼女の横顔を穏やかにみつめていた。彼女は他のシステム開発部に席を置き、統括部長である錬太郎おやじの管轄に入っていた。それほど、面識はなく会話も社交辞令程度。
おやじの頭の中ではなぜ彼女がここにいるのかという?が。。。そして、何か自分の心の中に揺らぎのようなものを感じ始めていた。
もし、これが虫観るチームがおやじに与えた課題だとしたら、その理由はなんなのか。。。そして、今まで生活していた空間はどうなるんだ?とほんの少しだけ考え始めていた。相変わらず呑気だった。
その場は、軽い会話で楽しく飲み終わり店を出て二人は別れた。いつもの自販機の前におやじはいた。ん?自販機の場所にはちゃんと歩いてこれたぞ?
なぜ、駅から知らない赤提灯に俺は向かったんだ?思い出し、戸惑いながらコインを取り出した。錬太郎おやじだけを照らす深夜の自販機。
120円を投入♪自販機の声が聴けるかもしれないと思った。そして、紫陽花裕子との会話を思い出していた。
そう。。。あの一言。。。彼女が言っ言葉。。。
「一度ご一緒したかったんです」
その瞬間、おやじの持つコップが止まっていた。彼女の顔をキョトンと見ていると、店のおやじが背中をこちらに向けたまま、シャモジを床に落とし、それを拾おうとしてカウンターの端に頭をぶつけ、その反動で後ろへ。。。
「あ。。。」
と錬太郎と彼女が見てる前で店の支柱を倒し床に仰向けで倒れた。何だったんだ。
「大丈夫?」
と錬太郎が店のおやじ声を掛けて抱き起こすと
「だんな、私も知らないことがあったんですね♪」
錬太郎は、店もおやじも俺は初めてだと言いたかったが、その場の雰囲気に合わせて照れ笑いした。演技が望まれる世界にいるような。。。廉太郎は別世界にいることを確かに感じ始めていた。
店のおやじは子供のいたずらっぽい目を向けていた。
裕子も驚いたようで、まさか彼女の一言で、この大惨事になるとはとは。それにしても、何故あんな言葉を発したのだろう。。。と
そんなことをつらつらと思い出していた。
おやじは自販機の前で缶コーヒーを一口飲んだ。雨が降り始めた。
自販機の横の隅に額紫陽花が咲いていた。
自販機の光にうっすらと紫と白色をクリーミーに混ぜ合わせた大好きな花♪おやじの好きな花♪。あっ、そうだ、彼女の名字は紫陽花だよな。。。そんなことをぼんやり雨に濡れながらしゃがんで額紫陽花を眺めていた。雨は静かに街の音を消しコテツおやじの肩を濡らしながら降っていた。
おやじ。。。そう。。。錬太郎の物語が始まっているようだ。この空間は。。。そして、現実に残された友人や恋人。。。仕事。。。すべてが曖昧なまま。。。これでいいのか。。。
誰かが説明してくれるだろうと思いながらも、雨に濡れながら紫陽花を眺めていた。
その時、背後からゆっくりとヒールの音だけが聞こえてきた。。。
つづく