56. | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。





 葵は自信たっぷりに彰の目を見つめた。女性は、とても自信有り気な表情をする時がある。




「貴方のお名前は?♪」


「えっ?」






 彰はキョトンとして葵を見た。葵は微笑みながら彰の瞳をじっと見つめていた。



葵が何を言っているのか、彰は直ぐに理解出来なかった。





「教えて?♪お名前は?仕事は?私は“みどり”。仕事は heart diplomacy♪」




 ん。。。みどり?。。。心の外交?もしかすると、葵はゲームを楽しもうとしているのかもしれないと彰は感じた。






「名前?知りたい?」 


「ええ。聞きたいわ♪」


「名前は“かずき”。仕事はmoonlit night hunter。。。月夜の狩人さ♪」


「月夜に何を狩るの?」


「深い森の中で、月明りに一瞬照らされた心を狩るのさ♪君の心の外交はどんな仕事?」


「私は、漂う心を互いに通わせ結びつけるの♪かずきさんの仕事と似ているみたい♪」


「心だけは似ているけど、心を狩るのと、通わせ結びつけるのは少し違うかもね」


「そうかしら♪心を狩られた人は、狩られたって思ってないかもしれないわぁ♪」


「心を通わせ結びつけたと思っていても、本当は奪われていたかもしれないよ♪」


「貴方は、どちらがいいの?♪」


「君は?♪」






 二人の会話は、心が近づきたいと思いながらも、わざと言葉は少し離れていく。そんなもどかしさを楽しんでいるかのようだった。


 グラスを傾けながら、互いの声よりも言葉を聴いている、そんな感じが漂っていた。甘く柔らかな声と低く穏やかな声。静かに室内の空気に溶け込んでいった。





「以前どこかで君に会ったことがあるかな?」


「いいえ。初めてよ♪ただ、そんな気がするだけよ♪もし、前に会っていたら。。。今は無いもの」


「なぜ?」


「もし、前に私が貴方と会っていたら、他の誰かとここに居たかもしれないもの♪ふっ♪」






 葵は肩をすくめた。





「そうかぁ。なら今日初めて会って良かったよ♪」


「ねぇ。かずきさん。狩人さん?」


「何?心の外交さん?」


「私の心を狩るの?それとも。。。狩るの?」


「そうだなー。でも、思うんだ。もう。。。この仕事辞めようと思ってる」


「足を洗うの?」


「その言い方は変だよ♪犯罪者みたいだろう♪」


「ふっ、そうね♪でも、犯罪者みたいなものでしょ♪」


「そうかなぁ。。。」


「だって、当事者が目の前にいるのよ♪」






 葵はテーブルの上にある手を前に差し出し、彰の手の指先に僅かに触れた。





「それは、心の外交をしているみどりさんの挨拶かい?」





 彰は葵の指先を厚い両手で包んだ。




「いいえ。心の挨拶♪狩人さんの挨拶はどんなの?」


「狩人に挨拶なんてないさぁ。あるのは、月明りに照らされた心を見逃さない。そして、両手で包むのさぁ♪包んだら離さないように、そっと胸に仕舞うのさ。でも、もう一杯なんだよ♪胸の中が♪」


「どうして?♪」


「とても温かい心を狩ってしまったんだ。。。それに、心を狩っていると思っていたのは僕の独りよがりだってことに気が付いたんだ。奪われているのは自分の心だったのかもしれない。だから、もう月夜に狩りをするのは辞めようと思っているんだ♪」


「君は?まだ心の外交に仕事を続けるの?」


「どうかしら。私はたった今、この仕事が本当に好きになったの♪貴方は私に仕事を依頼してくれる?♪」


「もう、依頼しているよ。もう遅すぎ。とっくの昔に依頼してたよ。君にね♪もう。。。」






 彰が言葉を続けようとした時、若鶏もも肉のグリルと味噌チーズソースとタコライスが運ばれて来た。食材は、二人の心を満たすには前菜にすぎなかった。



つづく