「迷惑な心火」
女将の店でギャルと遭遇した日から三日が過ぎ、彰は原稿の締め切りにもどうやら間に合った。飯もほとんど食わずに間に合わせた。そんな時は決まって気分転換で車を走らせる。
彰は必ずあの砂漠のヒーロー、アラビアのロレンスが操縦し中東の戦場を駆け巡ったクルマ“銀色の幽霊”シルバー・ゴーストの名で世界に知れ渡ったクルマのことをいつも思い出す。珍しい習慣というか、変わった思考回路なのだ。
70ミリのテクニカラー超大作映画『アラビアのロレンス』を見た人は、いつまでも、あのすばらしいラストシーンを忘れないだろう。砂漠を舞台にくりひろげた3時間映画の結末は、どこまでもつづく熱砂の道を映し出し、その中をロレンス大佐を乗せた車が疾走していくシーンである。彰は、そこに自分を置き車を運転、いや操縦するのだ。音楽など一切掛けず、ひたすらエンジンの音と風切り音だけに耳を貸し独りでドライブを楽しむ。
ラストシーンでのカメラは、座席からフロント越しにボンネット上にある金色に輝くカー・マスコットを大写にする。このマスコットはスピリット・オブ・エクスタシー(恍惚の妖精)と呼ばれ、ロールス・ロイス車のシンボルである。
ロレンスに扮したのはピーター・オトゥール。ロレンスの本名はトーマス・エドワード・ロレンス。1888年イギリス・ウェールズに生まれた。オックスフォード・ハイスクールからオックスフォード大学へ。ヨーロッパ中世の考古学を研究し、古代シリアのカルケミッシュ発掘に従事した。その学識と経験が後年、イギリスの情報将校としての任務に役立ったのだ。
とにかくアラビアを舞台にした冒険野郎だったわけで、彰は普段の生活から逃避し冒険野郎に近づく唯一の手段だった。とにかく独りよがりなだけだった。“Fortune favors the brave. ”イギリスのことわざで「運命は勇者に見方する」というのがある。ドイツにも“Fortune gives hand to a bold man”「運命は勇者を助ける」というのがある。真の勇者とは、或いは真の勇気とはどんなものなのだろうと自分に問う。普段、勇気など頭に浮かぶ機会など皆無に等しいが、車に乗り込んだときだけは勇者になろうとするのだ。
ちなみに、シルバー・ゴーストは6気筒で公式コードトライアルで7214マイル・ノンストップを完走、またロンドン=グラスゴー間一日400マイル走行を成し遂げたともある。
がっ、彰が操縦している車は、ロールス・ロイスとはまったくかけ離れたクルマなのだ。こともあろうにアメ車なのだ。1988年製キャデラック・フリートウッド。友人から譲り受けた代物で、それなりに気に入っているのが不思議なくらいだった。キャデラックはシングルシリンダーのタイプAから始まり、アルファベットの順で製作年式を重ねていった。そして世界の高級車の地位を築きあげてきた。ちぐはぐな車の選択にも見えるが、彰にとってはフランス将校の名から生まれたアメリカの名車も同じ名車として捉えていたのだ。とまぁ、車についての歴史を語り始めると切がなくなる彰だ。
しばらく、いつもの海岸通をゆっくりと車を走らせていた。その時、葵が目に飛び込んできた。車線の反対側の歩道を彰のクルマの進行方向と逆向きに歩いていた。彰はクルマをUターンさせる理由もないためそのまま行き過ぎていった。40分ほど走り、いつものカフェに車を止めた。ここの店のマスターからキャディラックを譲り受けたのだった。カフェを楽しむ間、彰は車の調子をマスターに診てもらうという按配なのだ。
夕方の4時近くになる。海へ目を向け暫くコーヒーを飲んでいた。すると、砂浜からこのカフェに向かって独りの女性が一点を見つめ近寄ってくる様子が見えた。さっきすれ違った葵さん?彰はしばらく目を凝らしゆっくりと近寄る女性見つめていた。
「葵さん。こんなところでお会いするとは。先ほどクルマですれ違いましたよ。どちらへ?」
「こんにちは。さっきは、バス停に向かって歩いていたんです。近くに叔父の家があって、そこで法事があったものですから。潮風に誘われてタクシーで戻って来たんです♪松野さんは?」
「あっ、あぁ。仕事の区切りがついたので気分転換にクルマを走らせここに来ました。この店のオーナーと知り合いなもので。ここしか来ないんです。私はもう少しして帰りますが、方向は同じですよね。途中までお送りしますよ」
「いいんですか?じゃ、お言葉に甘えます♪その前にアールグレイを一杯頂いてからにします。宜しいですか?」
「では、私もコーヒーをもう一杯頂きましょう」
海の見えるカフェテラス。潮風も優しく感じられる夕暮れとなった。
つづく