15. | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。



 二十歳そこそこか20代前半といったところだろう。金髪のロングヘアー。生粋のギャル。女将は優しく応対した。

「いらっしゃいませ。いいんですよ♪お客が少ないから、早いけど閉めようと思っていたんです。どうぞ♪」
「じゃ、よろちくー♪」

 彰と誠司の中年コンビは何も言わず、ちびりちびりと手酌で冷酒を飲んでいた。

「おなか空いたの。何か食べたい。お腹が膨らみそうなもにょ、何かちょうだい♪」
「はい、わかりました♪」
「あれっ?お客ちゃんいるじゃん。千恵美でーす♪よろちくー♪」

 彰と誠司は照れながら頭をチョコンと下げた。

「よろしく。お仕事の帰り?」

 誠司は応対に馴れているようだ。人間無駄も無駄にあらずと言ったところだ。彰も挨拶したが、誠司ほど愛想は無くぶっきらぼうだ。

「しょう♪お客さんに食事に誘われたけど、食べりゅより飲みすぎちゃって。あれ?おじちゃん達は男二人でしゅか?ありゃぁー。彼女いないの?ははーん、よからぬ相談でもしてるんでしゅかね♪男が二人で飲んでるとろくな話しないもんねー♪ママ♪」

 女将はママになっている。女将は自然に対応し頷いている。さすが客の扱いには長けている。それにしても、はっきりものを言う女の子だ。現代っ子とはそういうものかとあらためて彰は思った。まぁ、確かに俺たち二人はろくな話しかしていない。

「ママー♪あにょね今日ね、彼氏に振られちゃったにょ」
「あら、どうしてまた。こんな可愛いお嬢さんを振るなんて。いけないわねぇ。そこのお二人さん?」
「そっ、そうだよ。どうして振られちゃったの?」
「ちゃーみが悪いの。ぜーんぶ、ちゃーみが悪いの」

 酔った上に、泣きが入りそうな予感がした。誠司は繰り返し聞いた。

「どうして振られちゃったの?喧嘩でもしたのかな?」
「ちゃーみのこと全然かまってくんないから、ちょびっとだけ他の男の子とデートしちゃったにょ。それが運悪くバレてしみゃったにょ。もともとはあいつがちゃーみのことしっかり捕まえてなゃいからこうなったんだ。そこの中年男達!どう思う?ちゃーみがやっぱり悪いかな?どうよ?ヒクッ。。。」

 おホーッ、完璧に絡み虫だ。これで泣きが始まると手に負えないぞ。

「はい。そりゃ彼氏が悪いに決まってるよなぁ!こんな可愛い子をほっとくなんて。彼氏が悪い!」
「バカ!彼のこと悪く言うな!」
「え?は、はい!そうだね???」

 誠司も彼女も、どっちだよ?まったく、話がめちゃくちゃだ。

「おい!そっちのもう一人の中年男!そう、お前だ!」
「はい、何かな?」
「何かなじゃにゃーい!ちゃーみの恋の話をちゃん聞いてるか!どうよ、やっぱ、ちゃーみが悪いにょか?」
「うん、ちゃーみさんが悪いと思うな」

 誠司と女将は彰を見た。“やばいかも”ということを目で訴えていた。次の瞬間、彼女は大声で泣き始めた。あーっ、やっちゃった、俺は知らねぇという顔の誠司はすぐに立ち上がり勘定を済ませて店を出た。あいつは都合が悪くなるとすぐに消える。彰は、いつも取り残される運命にある。素直に言い過ぎるのも彰の欠点だ。彰は、クッションが一つ抜けた古い椅子に腰掛け、スプリングが布から飛び出てお尻に突き刺さるような感じの話し方なのだ。

 泣き崩れる彼女を見て、彰は池上葵を思い浮かべた。どうやら、最近この店は駆け込み寺の様相を呈してきた。今夜の千恵美と名乗るギャル、そして中学時代の一つ後輩である加納幸子。それぞれ20代40代後半、そして30台後半にして仕事で自立を目指す池上葵。彼女達の生活の一面に触れた数日間だと言える。

 その晩は、女将が千恵美という大トラのギャルを介抱し、酔いが少し覚めるまで待ってタクシーに乗せて返した。こんな女将も珍しい。人がいいにも程がある。警察に電話するか近所の交番に連絡し引き取ってもらうのが通常。しかし、女将はとことん付き合う。

 彰は、原稿の締め切り日が迫っている現実に背を向け、ベッドに身体を放り投げた。

ベッドの横にある窓から夜空を眺めた。隣の家の屋根との隙間に挟まれた夜空。見る場所によって、これほど狭く感じる夜空なのかと少しため息が出た。山頂で見る夜空の星なら広い宇宙を感じ取ることもできただろうに、隣家の屋根との隙間では。。。今の自分の世界を見ているような寂しさを感じた。

 彰は無理やり目を閉じた。

そこには、広い宇宙を自由に描くことができる。まさに見えぬ世界を描くことこそ彼の思考なのだ。彰はそこに安住を求め癒されていた。現実に目を背け生きることなどできないが、せめて目を閉じたときだけは自由でありたいと思っていた。目に見える世界など、考える余地を挟まないほどの情報が頭に注がれる。選別する余地などない世界。

 女将の言葉を思い出した。あるがまま受け入れるしかないという、彼女の生きる姿勢をあらためて感じ取っていた。

 人それぞれ、見えない心にこそ互いを知る真実があることを皆知っている。ただ、その心に辿り付くまでの時を人は測り損ねる。それは、神であっても。


つづく