彼女はスーッと目を閉じたかと思うと、カッと目を見開き身体を前後左右に小さく揺らしながら話を続けた。
「そんな、どこにでもいるOLです。整ってるなんて、もう♪」
髪をまたかき上げた。結構容姿に自信ありと彰は見た。依然として、かま焼きとシャリマーの臭いがごちゃ混ぜになっている。どうにかならないものかと思っていると、女将が入り口の戸を少し空かした。外の空気が静かに入り込んだ。
「松野さんのお仕事は?私は銀行で融資を担当しています。あまり自分の仕事の話はしないんです。でも、今夜はお酒が言わせていると思って聞いてください」
結構酔っている。スカートの裾から覗くしなやかな脚を何度も組み直し、ブラウスのボタンを一つはずし完璧に飲む体制に入りつつある。艶っぽい女将とは少し異質な色気があるのは確かだ。物書きならどう表現するだろう、なんて言っても彰も男。傍から見れば、鼻の下を長―くしているただの中年に過ぎないのだ。
「ほう、それは大変なお仕事ですね。私も先日、妻から用事を頼まれ銀行へ行きました。どうも、銀行ってところは身体に馴染まない。あっ、失礼」
「ええ、銀行に馴染む人なんていませんよ。結構、世間の風当たり強いですよ。金貸しだろうって。でも、中は大変なんです。今日なんか、大口のお客様の評価損が大きくなっている投資を投資信託に変えるご相談に伺う予定だったのに、結局ドタキャン。これって結構きついんです。商品からなにから資料を作って揃えて。あっ、やっぱり愚痴になってしましたね。そうじゃないんです、私は愚痴を言うために飲んでるんじゃないのに」
彼女は涙目になっている。おっ!べそをかき始めるのか?と彰は思った。すると、バックからティシュを取り出し小さく鼻を拭いた。
「私、今の時期は駄目なんです。杉花粉で」
あぁぁ、紛らわしい。
「行員さんが言ってたけど、ヘッジファンドとかいうのもがあるんですね。妻がそれを組み込んで投資信託の契約をし直して欲しいって頼まれて。自分でやって欲しいんだが、こっちは時間が自由に利くとでも思っているらしい。これでも、時間に追われる身なんです。僕は、物書きです」
そう言いながらボサボサの髪を右手で掻き毟った。
「えっ、作家さん?どんなものを書いていらっしゃるの?私、小説は好きで月に2~3冊は読みます。どんなに忙しくても時間を止めて自分だけの空間を作れるような気がします」
「ああ。それわかりますよ。僕にとって時間を忘れられる場所はここでなんです。どんなに仕事が詰まっていても、ここに来ると全て忘れる。女将も優しく癒してくれるし、竹馬の友も、いや、止めておこう。とにかく、こうして他愛無い世間話をしている時間が一番リフレッシュできるんですよ。池上さん?池上さんご結婚は?あっ、いや、少しストレートでしたか」
「別に気になさらなくて結構ですよ。私、小学3年の女の子がいます。私の両親の実家で弟と一緒に5人暮らしなんです。しっかり、×1です。もう35は過ぎました」
「お子さんがいらっしゃるなんて見えないな。本当に若い。僕らと違って 皆さん世代の方は年齢など正直分かりません。僕はロートルだし、外見など気にする必要のない仕事ですからこの通り頭も髭も手入れなどしていません。それに、私の容姿など気遣う人もいませんから」
彰は何をそんなに丁寧に修正しているのか?自分でも変な感じがした。女将は、彰を見ながら小さな顎を少し上に向け目を細めた。
「こんなこと聞いて失礼かもしれませんが、奥様とはご一緒に住んでらっしゃらないのですか?」
「はい。別々ですよ」
彼女の質問に、彰は少しそっけなく答えた。
つづく