池上と名乗る女性の身体つきはしなやかで、長い黒髪から覗くほっそりとした横顔は、この居酒屋よりホテルのスカイラウンジの方が似合うように思えた。シャリマーの香りが彰の鼻をくすぐった。しかし、冷酒にマグロのかま焼き、それにシャリマーの香りが入り混じり、やや店内の臭いが混乱しているのは確かだ。男の性根は美人に弱いというところを露呈するのが常だが、彰は違っている。彰は殆ど表情を変えないポーカーフェイス。無愛想な顔と言えばそれまでだが、めったに心の変化を顔に表すことはない。初対面なら、捉えどころのない無愛想な人間に思われても仕方がない。
「仕事帰りですが?」
「ええ。一人で飲みたい気分でしたから」
「女性もそんな気分になるんですね。お若いのに」
「別に、仕事で嫌なことがあったとか彼氏と喧嘩して別れたとか、そんなことで自棄酒みたいに飲んでるって訳じゃないんですよ」
「では?」
「理由がなきゃいけませんか。女も、一人で飲みたいって思うことあるんですよ」
「これは失敬」
「別に怒ってるわけじゃありません。酔ってるだけです」
彰はコップで顔を隠しながらクスッと笑った。女将もそれを見てくるりと背中をこちらに向け肩を小さく揺らした。
「お酒はお強いようですね?」
「ふちゅーでしゅよ」
口にマグロが入ったまま彼女は答えた。化粧と香水がごった煮状態になり掛けている。彰はこれ以上彼女に酒は勧められないと思い、女将に両手の人差し指で小さく×を作って合図した。彼女は黒髪をかき上げながらコップを見つめた。
「私、仕事していると皆からキツイ人間に見られるんです。私、キツイ女に見えます?」
「いっ、いやー。」
彰は正直者。違うとも、そうだとも言えない。頭を掻きながら冷酒を口に含んだ。
「だって、仕事ですからプロ意識をもって精一杯ミスの無いように頑張っているだけなのに。それなのに、上司や仲間は、もう少し穏やかな顔で優しく話してくれないかな?って言うんですよ。失礼ですよね。どう思います?」
「えっ、えー。女将はどう思う?」
彰は返答に困ると女将に振るのが常だ。女将はお絞りをテーブルに置きしなやかな手さばきで小鉢に漬物を寄せた。
「私はこんな商売をしていますから、愛嬌だけは心がけていますよ。笑顔ってとこかしら。池上さんは今日始めてお店にいらしたからあまりよく存じ上げませんけど、きっと容姿が整いすぎていらっしゃるから、冷たく見られ易いのかも。失礼なこと言ってごめんなさい♪」
「そうそう、そうだよね。整い過ぎているからですよ」
彰は女将に便乗した。女将は丁寧に、差し障りなく答えた。女将は人を傷つけたり追い詰めたりするような会話はしない。
この居酒屋は女将一人で切り盛りしている。自宅は、店から歩いて10分ほどで着く近くのマンションの7階。子供が自立してからは一人で住んでいた。店を閉めるのはいつも朝の2時頃になる。彰は0時前に帰宅するのが常だが、今夜はまだ帰れそうにない。
つづく