錬太郎は少し店の外に出て深く息を吸い込んだ。
「月がまん丸だよ、マスター」
店のドアは開けっぱなしで夜風が店内に入り込んでいた。マスターも表に出てきて
「ほほー、明るく照らす月に乾杯ですね♪錬ちゃん♪」
とグラスを持って店から出てきた。
疾風のタマさんは異次元の月の世界をさ迷っているようである。
「マスターって、どうしてそんなに色々な話題を整理してみんなと話ができるの?いつも不思議に思うんだ」
と錬太郎は言った。
マスターはグラスを月の翳しながら、
「考えているわけでもないし、知識だって僅かな書籍を目で嘗めるだけですからたいしたことはありません。みなさんが私に言わせているような気がしています。ただ私は皆さんに促されているだけかもしれませんよ。」
と店の入った。ん~深い。
錬太郎は月に未練があるように店内へ入った。
タマさんの目じりから涙が零れていた。辛い異次元の世界なのかな?錬太郎はいつもの備え付けブランケットをタマさんの痩せた肩にそっと掛けた。タマさんの長い人生、深く詮索もせず、多くも聞かず、語らずのフォリナー。
だからタマさんはここに来るのかもしれない。自分を見せながら隠すもの。語られないようにして語り継がなければならないような人生、まるで神話の世界のような気がする錬太郎であった。
そして昔本で読んだ言葉・・・「人が運命と向き合う時運命は終わり、その時、人は本来の自分に戻るらしい」が頭の中に漂ってしまう。
その男性の運命はどうなるのだろう?人事とは思えない夜であった。バーボンも五杯目。そろそろタマさんをマスターに任せ、錬太郎は丸い月と隠れん坊を楽しみながら帰宅することにした。
そう言えばマルクスはこんなこと言ってたな~「人間の欲求の中で最高のものは他の人を欲すること。自己の充実と人生の糧を見出す」
これが最高の境地とか・・・。あ~錬太郎に最高の境地はあったのか?いや、訪れるのか?まぁ、今夜のお月様に聞いても顔を背けられるに違いない。
帰宅した錬太郎はすでに倒れ込んだベットで高鼾。タマさん同様、異次元どころか遥か宇宙、漆黒の闇へと旅立っていた。
いや、ブラックホールに吸い込まれているのかもしれない。とにかく、今夜もフォリナーは暖かく三人を包み、巡り合う時間を与えてくれたのであった。
つづく錬太郎はいつも思う。人間はいつも自惚れているのか誤魔化しているのか、しまいには社会のルールにすがりつき、時には排他しようとしたり、いったい自分の本質はどこにあるのかと。