明るい話題を探す気力さえ消えうせてしまいそうなこのご時世。どこに真実があり、何を信じたらいいのやら。新聞やテレビは日々不確かな情報に翻弄される社会を伝え、正義や仁義という言葉すら死語になりつつある社会。まして「愛」なんてどこにあるんだとでも言いたそうな一日を全部引き受けているような背中を道路側に見せ、仕事があるだけでもいいさぁと呟き居酒屋でコップ酒をちびりと喉に流し込む一人の男がいた。いつも、誰と何を話すでもなく一人でゆっくり一杯だけ酒を飲み干すとすっくと席を立ち、ぼんやりと街頭が照らす薄暗い路地へと入っていく。その細い路地奥の薄汚れたバーのドアを開け、外に染み出るジャズの音に包まれ、愛想程度に漏れる明かりに男は吸い込まれていく。ここはフォリナーというジャズバー。
店は四畳半程度の広さ。カウンター傍にはパソコンが一台。不安定な丸い椅子が6脚、いや7脚半かな?まぁ、座れば隣の客と腕が触れるくらい狭い空間であることは確かだ。白い口ひげと白髪のマスターが背を向ける奥の棚には、レコードやCDが雑然とキャパ以上窮屈そうに押し込まれ、酒瓶はその前列に居並んでいる。いつ崩れてもおかしくはない棚である。スーパーで買ってきた惣菜や袋に入ったままのサラミ、調味料までがカウンターに鎮座し、客が我が家のようにツマミを物色する。店内は薄暗く言葉も少ないマスターと二人で過ごす夜が多い男である。但し、このマスターは図書館での書籍検索より素早く、検索不可能と思われる棚から客に注文された曲を瞬時に探し出すのである。このときだけは感心する。まぁ、客と言ってもこの男の他は知れている。
男はいつも、McCoy Tyner の Fly With The Wind
という曲を掛けてもらいバーボンを水割りで呑むのが常であった。今夜も、男は無愛想な顔で一人グラスを左手で傾け、グラスを通して見える温和で無口な、どことなく品格の漂う?マスターの顔を眺めクスッと笑った。この男の名は「いろは 錬太郎」という。どこにでもいるサラリーマンである。結婚は一度したものの離婚。とりあえず一人者?である。これには説明義務がありそうだが後にする。錬太郎は仕事バカ。とにかくバカであった。離婚原因の理由の一つである。それは確かだ。
いつもはマスターと錬太郎の二人だけなので窮屈さを感じない。外の夜風は冷たい。冷えた体には、いやいや錬太郎の冷えた心には居心地のいい癒しの空間である。しばらく無言のままバーボンを呑み、一杯飲み干したとき店のドアが開いた。冷たい夜風が二人の男の顔をくすぐった。ぶるっときた錬太郎は、ゆっくりとドアの方に顔向けた瞬間、錬太郎のグラスを持つ手が止まっていた。「あっ、来た。。。。。」誰あろう、錬太郎と共に常連の客、「疾風のタマ」と我々二人は呼んでいる。いつものピンクのマフラーを首に巻き、サングラスを掛けつなぎのスタッフジャンパーを羽織り訪れる女性。かなり高齢ではあるがポリシーの塊のような人である。今夜もジャズを聞きながら3人は世間離れした話題で絡み合っていく。
つづく