・・・もし、「空」というのが、たんなるものの
見方や心の持ち方だったら、仏教の教義の
中心に据えるような哲学となり得るだろうか。
ものの見方は、八正道
(=仏教徒が心がけなければいけない八つの道。
仏教の中心的な実践の教義)のなかの
ほんの一項目であり、それも「無常観」や
「相互依存」だけでなく、あらゆる森羅万象を
正しく見る「正見」という言葉で代表されている。
心の持ち方も、「正念」、「正業」、「持戒」、「忍辱」
などの項目別に、それぞれ詳しく語られている。
「なにものにもとらわれない」ことが仏教の中心
哲学であるとは、少なくとも八正道からは読み取れない。
いずれにしても、「空」などという、もったいぶった、
いかめしい名前をわざわざ付けているのだから、
単純な「ものの見方」や「心の持ち方」を超えた、
もっと深遠な意味があると考えたほうが自然だ・・・。
その答が、じつは「ホログラフィー宇宙モデル」に
あったのだ!
「空」は、ものの見方でも心の持ち方でもなく、
厳然とした物理的な存在であり、しかもその
存在が宇宙の神秘の鍵を握っている、というのだ。