飛躍しすぎた言葉ともとれようが、地球 の砂漠化は、人間が神なる自然から離脱 して、独りで生き発展しうると考えた驕りに出発するものであり、その業火が今、地球 上のあらゆる生命を焼き亡ぼしつつある証(現象)だと言えるのである。
そのときに、思わず自分の口から出た言葉は、「この世には何もないじゃないか」ということだったんです。“ない”ということが、わかったような気がしたんです。
今まで、ある、あると思って、一生懸命に握りしめていたものが、一瞬の間になくなってしまって、実は何にもないんだ、自分は架空の観念を握りしめていたにすぎなかったのだ、ということがわかったような気がしたんです。
私は、まさに狂気 乱舞というか、非常に晴ればれとした気持ちになって、その瞬間から生きかえったような感じがしました。
ところが、今はそうではない。これが近代農業 の最先端の技術になるのではなかろうか、と予測している学者連中、技術者 連中と、そこに懐疑を抱きながら、一つの興味ある材料として見ている連中、こういった連中が、最近ひきもきらずに、この田や山小屋を訪れる。こういう人たちは、さまざまな見方をし、勝手な解釈をして帰っていく。
ある者は原始的と見、あるいは時代おくれと見、ある者は最先端のものと見、未来への突破口がそこにあると見る。
自然農法の四大原則
四大原則とは
不耕起
無肥料
無除草