夜、ふと考えてしまったことはありませんか

ある夜、テレビをぼんやり見ながらお茶を飲んでいたら、突然こんな考えが頭をよぎりました。

「もし今夜、自分に何かあったら……」

一人暮らしの私が、突然倒れたとしたら。

朝になっても誰も気づかないかもしれません。助けを呼ぼうとしても、声が出なかったら。スマートフォンが手の届かない場所にあったら。

そう思い始めたら、次々と不安なことが浮かんできました。

通帳はどこにあるのか、家族は知らない。
どこの会社の保険に加入しているのか、スマートフォンのロックを解除するパスワードも知らない。光熱費や通信費の引き落とし先も、残された人にわかるはずもなく・・・。

きっと家族は、途方に暮れてしまうでしょう。

「大げさかな?考えすぎかな?」

翌朝目が覚めると、少し恥ずかしいような気持ちになりました。まだ元気に動けているのに、そんな縁起でもないことを考えるなんて、と。

でも心のどこかに、小さなひっかかりが残っていたのです。

その小さな違和感が、私が終活を始めた最初の一歩でした。

「まだ早い」は一番危ない思い込みだった

終活という言葉を聞いたとき、以前の私はこう思っていました。

「もっと年を取ってから考えればいい」

「まだ元気だから、今じゃない」

「財産もないし、遺言書なんて自分には関係ない話だ」

でも、調べれば調べるほど、その思い込みが崩れていきました。

病気も、事故も、年齢に関係なく、「その日」は突然やってきます。「元気なうちに」と思っているうちに、動けなくなってから後悔する方が、実はとても多いのだそうです。

特に、法務局への遺言書の保管申請は、本人が窓口に直接出向かなければならないことになっています。体が思うように動かなくなってからでは、それ自体ができなくなってしまうのです。

元気だからこそ、できることがある。

動けるうちにしか、できないことがある。

終活というのは、人生の終わりに向けた準備ではなく、今日を安心して生きるための準備なのだと、今の私は思っています。

身近な出来事が、他人事ではないと気づかせてくれた

私の気持ちが大きく動いたのは、知人から聞いたある話がきっかけでした。

知人のお母さまが、72歳で急に亡くなられたのです。持病はあったそうですが、まさかこんなに早くという、突然のことだったようです。

亡くなった後、残された家族は途方に暮れたと言っていました。

通帳がどこにあるか、わからない。どの銀行に口座を持っていたか、わからない。保険に入っていたのは知っているけれど、どこの会社のものか、わからない。スマートフォンのロックが解除できないから、連絡先にも辿り着けない。

書類の山を前に、何がどこにあるのかまるで見当がつかない。

「まるで謎解きでした」

知人がそう言った言葉を、私は今でも忘れられません。

遺品整理だけで、7ヶ月以上かかったと聞きました。仕事を持ちながらその作業をしていた知人は、心身ともにすり減らしていたそうです。

「お母さんは悪くないんです。ただ、何も残してくれていなかっただけで。でも正直、恨みたくなる瞬間もあって……そんな自分が嫌で」

そう話してくれたときの、知人の疲れ果てた表情が忘れられません。

自分には分かっていることでも、家族には何も分からない。その当たり前のことに、私はこのとき初めて本当の意味で気がつきました。

財産が少なくても、安心してはいけない理由

この話を聞いたとき、私の頭に浮かんだのはこんな言い訳でした。

「でも私は、家もないし、貯金も多くないし。相続で揉めるほどの財産はないから、遺言書は必要ないんじゃないかな」

ところが、調べてみるとそれもまた、思い込みだったのです。

相続トラブルは、お金持ちの家族だけに起きるものではありません。むしろ、統計的には遺産が少ない場合の方が、揉めやすいケースもあると言われています。

なぜかというと、相続で問題になるのは、財産の多い少ないではなく、感情だからです。

介護を長年担ってきたきょうだいと、遠くに住んでいてあまり関われなかったきょうだいとの間の不公平感。親の気持ちがどこにあったのかわからないことへの疑念や不満。「なぜあの人が多くもらうのか」という、割り切れない思い。

そういった感情のこじれが、家族の間に取り返しのつかない亀裂を生んでしまうことがあるのです。

たとえ財産が少なくても、「誰に何を渡してほしい」という意思を、きちんと形として残しておくことが大切なのだと知りました。

遺言書は、財産を分けるためだけのものではありません。

残された人が迷わないための、道しるべになるのです。

   
 

 

遺言書は「最後の手紙」にもなると知って、心が動いた

終活について調べていくうちに、「付言事項(ふげんじこう)」という言葉を知りました。

遺言書には、財産の分け方を書くだけでなく、家族へのメッセージや感謝の気持ちを自由に書き添えることができるのだそうです。

葬儀についての希望。お墓をどうしてほしいか。ペットの世話を誰かに頼みたい気持ち。そして、長年お世話になった人への感謝の言葉。

それを知ったとき、遺言書というものへのイメージが、がらりと変わりました。

法律的な文書というより、人生最後の手紙。

自分の思いを、ちゃんと言葉にして残せる場所。

「ありがとう」を、形にして届けられる方法。

財産の額ではなく、気持ちを残すために遺言書を書く。そういう考え方があるのだと知って、「自分にも書けるかもしれない」と初めて思えたのです。

それでもなかなか動き出せなかった

気持ちが動いたからといって、すぐに行動できたかというと、正直そうではありませんでした。

「いつかやろう」と思いながら、その「いつか」はなかなか来ませんでした。

終活という言葉を調べると、やることがたくさん出てきます。エンディングノートを書く、遺言書を作る、デジタル遺産を整理する、保険の内容を確認する。

どこから手をつければいいのかわからなくて、「まあ、また今度でいいか」と画面を閉じてしまう日が続きました。

忙しいわけでも、体調が悪いわけでもありません。ただ、「今日じゃなくていい」という、その繰り返しでした。

変わったのは、ある日ふと、あの知人の顔を思い出したときでした。

「まるで謎解きでした」

その言葉が、また頭に浮かんできたのです。

私が何も残さずに逝ったとき、困るのは自分ではありません。残された人たちです。そう思ったとき、「自分のためではなく、大切な人のために」という気持ちが、ようやくエンジンになってくれました。

一歩踏み出して気持ちが軽くなった

まず私がやったのは、エンディングノートを一冊買うことでした。

大したことではありません。近所の本屋さんで見つけた、シンプルなものです。

開いてみると、「銀行口座」「保険」「緊急連絡先」「医療について」「ペットのこと」「家族へのメッセージ」……そういった項目が、順番に並んでいました。

最初のページから埋めようとすると、わからないことだらけで行き詰まります。でも「わかるところから、わかるだけ書けばいい」と気楽に構えると、少しずつ書けるようになりました。

加入している保険の証書を引っ張り出して、会社名と番号を書き写す。通帳のある場所を一行書く。スマートフォンのパスコードをメモしておく。

それだけのことです。全部を完璧にやろうとしなくていい。

書き終えて、ノートを閉じたとき、不思議と気持ちが軽くなっていました。

「もし今夜、何かあっても、残された人に少しはわかるようにしておけたかな」

そう思えただけで、あの夜感じた不安が、少し小さくなったのです。

終活は、元気な今だからこそ始める意味があります。動けなくなってからでは、できないことがあるからです。

財産が少なくても、遺言書を考える理由があります。相続で問題になるのは、お金より感情だからです。

そして何より、終活は大切な人への思いやりになります。自分では当たり前に知っていることを、残した形にしておくことが、家族の負担を大きく減らします。

私もまだ、準備の途中です。すべてが整ったわけでも、完璧にできているわけでもありません。

でも、一歩踏み出しただけで、気持ちが確かに軽くなりました。

「まだ早い」と思っているあなたこそ、今がちょうどいいタイミングかもしれません。

まず気づいたのは「デジタル遺産」の存在だった

終活について調べ始めて、最初に「これは盲点だった」と感じたのが、デジタル遺産の話でした。

スマートフォンの中にある情報や、インターネット上のサービスのことです。

考えてみれば、私の日常の中には、こんなにたくさんのデジタルのものが溢れていたのです。

ネット銀行の口座。給料や年金の振り込み先以外に、節約のために作ったネット銀行があります。通帳は存在せず、すべてスマートフォンのアプリで管理しています。

電子マネー。交通系のICカードに、毎月一定額をチャージして使っています。残高がいくらあるか、家族には見えません。

サブスクリプション。動画配信サービス、音楽配信、電子書籍。毎月自動で引き落とされているサービスが、いくつかあります。私が死んでも、解約しなければ引き落としは続いてしまいます。

ブログとSNS。趣味で書いているブログがあります。亡くなった後、そのまま放置されるのか、誰かに削除してもらえるのか、何も決めていませんでした。

写真やデータ。長年撮りためた写真が、クラウドのサービスに大量に保存されています。家族に見せたいものも、見せたくないものも、一緒に入ったままです。

これらすべてが、スマートフォンのロックの向こう側にあります。もし私に何かあって、ロックを解除するパスコードを誰も知らなければ、家族はそこに何があるのかすら、確認できません。

知人のお母さまの話を思い出しました。

「スマートフォンが開けられなくて、連絡先に辿り着けなかった」

現代の終活では、財産の整理と同じくらい、デジタルの整理が重要なのだと、このとき初めて実感しました。

私がエンディングノートに書き出したこと

デジタル遺産の整理として、私がエンディングノートに書き出したのは、次のようなことでした。

スマートフォンのロック解除のパスコード。ネット銀行のサービス名と、ログインIDのヒント。加入しているサブスクリプションのサービス一覧。クラウドサービスのアカウント名。ブログやSNSのアカウント名と、「亡くなったら削除してほしい」という意思。

パスワードそのものをそのまま書き残すことには、セキュリティ上の不安もあります。でも「このサービスに加入している」「このアカウントが存在する」という事実だけでも書いておくことで、家族が一から探す手間を大幅に減らすことができます。

デジタルの整理は、特別な知識がなくてもできます。まず「私のスマートフォンの中には何があるか」を書き出すことから始めてみてください。それだけで、大きな一歩になります。

 

 

 

 

遺言書には3つの種類がある

デジタル遺産の整理と並行して、遺言書についても調べていきました。

調べる前は、「遺言書といえば、公正証書遺言」というイメージがありました。公証役場に行って、弁護士や公証人に立ち会ってもらって、費用もかかって、なんだか大変そうだという印象でした。

でも実際には、遺言書には大きく分けて3つの種類があります。


①自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)

その名の通り、自分の手で書く遺言書です。

費用はほとんどかかりません。用紙と筆記具があれば、今日からでも書き始めることができます。

ただし、守らなければならないルールがいくつかあります。全文を自分の手で書くこと(パソコンで打ったものは無効)。日付を書くこと。署名と押印をすること。財産目録を添付する場合は、パソコン作成も認められますが、その場合は署名と押印が必要、などです。

形式を一つでも間違えると、遺言書が無効になってしまうことがあります。「せっかく書いたのに、効力がなかった」という事態を防ぐために、書いた後に専門家に確認してもらうか、後述の法務局保管制度を利用することをおすすめします。

また、自宅で保管していると、紛失したり、誰かに見つけてもらえなかったりするリスクもあります。


②公正証書遺言(こうせいしょうしょゆいごん)

公証役場に出向いて、公証人という専門家に作成してもらう遺言書です。

費用はかかります(財産の額によって異なりますが、数万円程度が一般的です)。証人も2名必要になります。

でもその分、確実性は一番高い方法です。形式の不備で無効になる心配がなく、原本は公証役場で保管されるため、紛失のリスクもありません。

財産が複雑な場合や、法的なトラブルが予想される場合には、この方法が最も安心です。


③秘密証書遺言(ひみつしょうしょゆいごん)

内容を誰にも見せずに封印して、公証役場で「この封筒の中に遺言書がある」という事実だけを証明してもらう方法です。

あまり一般的ではなく、使う方も少ないようです。

 

「検認」という手続きを知って驚いた

調べていくうちに、「検認(けんにん)」という言葉に出会いました。

聞き慣れない言葉でしたが、知ってみると、これがかなり大変な手続きだとわかりました。

自宅で保管されていた遺言書が見つかった場合、残された家族はすぐにその内容を確認して手続きを進めることができません。まず家庭裁判所に申し立てをして、相続人全員に連絡をして、みんなが立ち会う場で開封・確認する手続き、それが「検認」です。

完了までに、1〜2ヶ月かかることもあります。

その間、銀行口座の解約も、不動産の名義変更も、すべてストップします。

「大切な人を亡くしたばかりなのに、さらに何ヶ月も大変な手続きが続くのか」と思うと、残された家族の負担は相当なものです。

でも実は、この検認が不要になる方法があるのです。

それが、法務局の遺言書保管制度でした。

3,900円で安心が手に入る、法務局の保管制度

「自筆証書遺言書保管制度」という制度が、2020年にスタートしました。

自分で書いた自筆証書遺言を、法務局(遺言書保管所)に預けることができる制度です。

費用は、遺言書1通につき3,900円。一度支払えば、それ以降の保管料は一切かかりません。

この制度の大きなメリットは、主に3つあります。

メリット① 紛失や改ざんのリスクがなくなる

法務局という公的な機関が、大切に保管してくれます。タンスの奥に入れておいて見つからなかった、誰かに書き換えられた、そういったリスクが、完全になくなります。

メリット② 検認が不要になる

これが一番大きなメリットです。法務局に預けた遺言書には、検認の手続きが不要になります。家族の手続きの手間と時間を、大きく減らすことができます。

メリット③ 死亡後に、指定した人に通知が届く

あらかじめ指定した1名に、「遺言書が保管されています」という通知が届くシステムがあります。遺言書の存在を誰にも伝えずに亡くなったとしても、国が橋渡しをしてくれるのです。

ただし、一点だけ注意が必要なことがあります。法務局が確認してくれるのは、形式が正しいかどうかだけです。「誰に何を渡すか」という内容の正しさについては、法務局はチェックしてくれません。内容に不安がある場合は、専門家に相談することをおすすめします。

もう一つ、大切なことをお伝えしておきます。この制度を利用するためには、遺言者本人が必ず法務局の窓口へ出向かなければなりません。代理人や郵送での申請は、認められていないのです。

だからこそ、元気に動けるうちに行動することが大切です。
 

終活を始めたら、暮らしまで変わっていった

遺言書のことを調べ始めてから、少しずつ実際に動き始めました。

最初にやったのは、古い通帳の整理でした。

引き出しの奥を探してみると、何年もほとんど使っていない銀行口座の通帳が出てきました。残高はわずかで、毎年の手数料だけが引き落とされている口座もありました。「これは整理した方がいい」と思い、解約の手続きをしました。

次に、保険証書の確認をしました。

加入している保険が何件あるのか、どこの会社なのか、家族にはっきり伝えたことがなかったと気づきました。証書を一か所にまとめて、保険会社の名前と証書番号をエンディングノートに書き出しました。

それからサブスクリプションの整理。

あまり使っていないサービスをいくつか解約しました。毎月の出費が少し減ったのと同時に、「自分のお金の流れを、自分でちゃんと把握できている」という安心感が生まれました。

こうした作業を一つひとつ進めていくうちに、不思議なことが起きていました。

部屋が少しずつすっきりしていくのと同時に、心の中も、なんだか軽くなっていくのです。

「終活」という言葉を聞いたとき、最初は「人生の終わりに向けた準備」というイメージがありました。でもやってみると、それは全然違いました。

終活とは、今の自分の暮らしを整えることでした。

遺言書は「未来へのラブレター」だと思うようになった

遺言書についていろいろ調べていくうちに、「付言事項(ふげんじこう)」という制度のことを知りました。

遺言書には、財産の分け方を書くだけでなく、自由なメッセージを書き添えることができるのです。

法律的な拘束力はありませんが、家族への感謝の言葉、葬儀についての希望、大切にしてほしいものへの思い、仲良く暮らしてほしいというお願い、そういった気持ちを、言葉として残せる場所なのです。

それを知ったとき、遺言書というものへのイメージが、がらりと変わりました。

法律の文書ではなく、人生最後の手紙。

「ありがとう」を、形にして残せる場所。

遺言書は、死を前にして書くものではなく、大切な人への思いをちゃんと届けるための、未来へのラブレターなのだと思うようになりました。

まとめ|完璧でなくていい。一歩踏み出すことが大切

今回お伝えしてきたことを、最後に整理させてください。

デジタル遺産
スマートフォンの中の情報やネット上のサービスについて、エンディングノートに書き出しておきましょう。

遺言書の種類
自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があります。それぞれにメリットと注意点があります。

法務局の保管制度
3,900円で、紛失・改ざんのリスクがなくなり、検認も不要になります。ただし本人が窓口へ出向く必要があるため、元気なうちに動くことが大切です。

そして何より、終活とは人生の終わりを考えることではなく、今の暮らしを整えること。大切な人への思いやりを、形にすることです。

私もまだ、すべてが整ったわけではありません。途中です。でも一つひとつ動くたびに、気持ちが少しずつ軽くなっていることは、確かです。

「完璧にやらなければ」と思わなくていいのです。

まず今日できることを、ひとつだけ。

スマートフォンのパスコードをエンディングノートに書く。銀行の通帳がどこにあるかをメモしておく。法務局のホームページを開いてみる。

それだけでいいのです。

60代からの終活は、暗いものでも怖いものでもありません。安心して今日を生きるための、とても大切な準備です。

ぜひ、一歩だけ踏み出してみてください。