特に用は無かったのだが、ふと母校(中学&高校)のウェブサイトを開いた
色々と改革が行われている様で、私の時代より多くの人に門戸が開かれ、様々なクラスが設定されていた
少子化やもんね、出願者を増やして生徒を確保せねば死活問題

そんな中、当時と変わらずに今も海外の学校と姉妹校提携を続けているという情報も載っていた
こういう情報を見ると、当時の自分の状況をありありと思い返すことが出来るんですよね…ええ、たとえ十うん年前でも
高校3年生の私は、受験を控えてメラメラしていた

大学では英語を手段として社会科学系の勉強をし、将来は外交官!?国際弁護士!?なぞと夢いっぱい
今考えると、あの頃が一番無邪気に自分の将来に夢を見ていた気がする
受験の結果、第一志望校には振られた

あの時の絶望とか悲しみとか悔しさは今思い出しても胸がキリリとする
けれど、第二志望校に入学し、東京で本当に楽しい学生生活を送れた
大学に入ってからは、法律とは仲良くなれなかった

必修の法律より、選択科目の政治学の方が面白く感じた
だから国際政治の道に進み、修士号まで取得することが出来た
結局大学でアメリカには行かなかった

東京での学生生活で中国語に出会い、関心は中国へ
そして、4年生で中国留学を決意し、自分の価値観がコロッと変わった(今も自分の人生に中国が関わったことを感謝している)
就職の際には、外交官という道はなかった

もはや、そんな夢を見ていたことも忘れていた…
けれど、コンサルの道に進み逞しく生きる術を身につけたし、尊敬する人に出会えた
そして今、全ての道が繋がってアメリカで勉強している

高校生の私が思い描いたアラサーの自分とは随分違う自分になっている
でも、失敗しながら何くそと立ち上がって歩いてきた道は、確実に自分が切り開いてきた道で、これから向かう場所に続いていく
福山雅治さんの「明日の☆SHOW」という曲にこんな歌詞がある
憧れ描いた夢はちょっと違うけれど
この場所で戦うよ
破れたって何度でも立ち上がれ
明日の☆SHOW
今送っているMBA生活だって、思い描いていたのとはちょっと違う
それでも今自分が出来ることは、ここで必死に走りきること
いまだに英語に苦戦するけれど、何度間違えたってめげずに立ち上がり続けること
そうすれば未来では、失敗しながらもそんな道を選んできたことを誇りに思えるはず
なんだか、母校から、高校3年生の自分から、背中を押してもらった気分
あと半年ちょっと、頑張ります
