考えすぎて動けないというのが、一番つらい。
だから、「おばかちゃん」といわれてもいいから動こうって。
それで動いてみてる。
動きながら気づくこともある。
動いてみると、dokidoki zawazawa 心中に小さな風?嵐がある感じ。
だけどその嵐の中心は台風の目みたいに澄んでいて穏やかなの。

さて涼しい顔して現職に従事しているわたしの内面で進行している声は・・・
①今の職場から一刻も早く退職したい
②比較的安易な国内で仕事を探してしまっている。
③本心はドイツで働きたい。
④もっともっと本心を言うと最終的にはフランスで働きたい。


放っておくと、ずーっと考えちゃうから、あえて動いてみて
わたし、矛盾してるなぁー。って思ったけど、
でも、焦らなければ上記の順番①→④で動けばいいーんじゃないのー?なんて。
理論的に、戦略的に考えてみると、
本当にいちばんやりたいことと
今の収入とCVの組み立てを考えた時の選択が、一致する時がくるんだろうか。。。
って、また考え始めちゃう。うーん、やめ、やめ。まずは動こう!
動いているときが一番心が楽。

矛盾しててもいい。ばかなことをしちゃってもいい。先を考えていないように見えてもいい。
そのとき、自分が一番しっくりくる道を歩むことが、この先の自分を変えていくから。
頭の中だけで考えて、自分の中で、全てを一貫させようなんて、ナンセンス。

変化が怖い。。。と思うのは、その怖さはまやかしで、本当は変化を避ける方がこわい。
変化することを厭わないと随分と楽な気分になる。
動き続けている球体の中心のイメージ。
rolling stoneの解釈はコケがつかないように、動きつづけるという解釈と、
コケがつくほど落ち着いてという解釈があると教わったけど、
わたしはコケがつかないように動くことを必要としているみたい。

わたしが決めた場所に居続けてしまうことは責任感が強いから、ととることもできるけど、
でも、先を考えすぎるあまり環境を変えられない、ととることもできる。
そうして考えて考えて考えながら、しんどいなぁ、と思いながらも同じ場所に居続けるなんて
褒められたものじゃない。
この間違ったがんばりが、自分の心地よさや、本当にやりたかったことから
自分を遠ざけちゃう。
ドイツで一度あったの。一件目のホストファミリーを変えますか?というとき。
チェンジのチャンス、放り投げちゃった。
環境の変化が怖くて、放り出すのが嫌で居続けちゃった。
それで結果、とてもしんどくて、哀しい思いをした。
その次の年は悔しくてそれをバネにしたけど、今もまた同じじゃないかな?

だからやっぱり変化しなきゃ。
変化を自分が欲してるなら、変化する道を探さなきゃ。