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アロマラテのブログ

中国・深センから日本に戻ってきました

中学に入って、私は
バドミントン部に入るつもりで
入部届を顧問の先生に提出しに
行ったら、バドミントン部の
顧問の先生の隣に座っていた
ソフトボール部の先生が、
私の入部届を拾い上げ、入部希望
部活名を、ソフトボール部に
書き換えてしまいました。

これが、イジメの原因でした。

遡ること、数日前、私は友達に
誘われて、ソフトボール部に
仮入部にきました。バレエを習って
いたので柔軟体操が得意でした。
カラダの柔らかい私に顧問の先生
は、お前はピッチャーに向いて
いるから、ソフト部に来いと言う
のでした。

そんなことがあり、私の入部届は
書き換えられてします。

これがどんなことになるのか。

ピッチャー志望でやる気まんまん
で入部してきたたくさんの人を
押しのけて、入部前から私は
ピッチャーの座が保障されて
いましたから、全く公正ではない
状況が生み出されていました。

先生にヒイキにされている。
あんな奴がピッチャーなんて生意気だ。
別メニューだなんて生意気だ。

いろんな彼女たちの不満が
私を総無視、ということになりました。

総無視は部活のときだけでなく、
教室でも続きました。そしてこれは
一年生の初夏まで続きます。
同じく誰にも相談しませんでした。

ある日突然、和解の日は訪れます。

私は他のメンバーと別メニューで
練習していました。野手は雨が降る
と練習が中止になりましたが、
ピッチャーは1日休むと元に戻す
のに、3日かかると言われ、雨の日
も私は練習がありました。
野手のメンバーが、たまたま大雨の日、
屋根のある自転車置き場で
先生に叱られながら、ピッチングを
している姿を見かけたようです。

それを見たメンバーが、Yは
雨の日も頑張っているにも関わらず
自分は雨のたびに休みだ。
あいつ、頑張ってるって認めて
くれたようでした。

一年生の初夏、メンバーから
ちらほらと声をかけてもらえる
ようになりました。
約一学期。長い総スカンの日々。

皆と話ができるようになる頃、
ウチのピッチャーはYしか、いない
とピッチャーとしても認めてくれ
ました。