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アメリカ式で7週、日本式で6週のある日、もともと「年に一度の産婦人科検診」という名目でとっていたアポイントメントの日になりました。
もともとその日まで持たないんじゃないかと思ってたので、とりあえず検診にしておいたのですが、当日の朝「ついに検診の日が来た・・・もう今日まで妊娠が続いたことだけで私は十分なくらい、今回の妊娠は奇跡的!」と思ってました。
受付で事情を説明し「検診で予約したんだけど、実は妊娠検査薬でポジティブが出て・・・」と話してたら、私がよっぽどナーバスに見えたのか、「Are you nervous? Here!」と、小さなファンを受け付けの台に置いて私に向けてくれた・・・
その日クリニックのあるビルのとなりで大きな工事をしていて、車を停めようと思ってたあたりがストリートパーク全滅だったので、しかたなく高額なクリニックのビルのパーキングに来て、そこもいっぱいでなかなか見つからなくて・・・そんなこともあって受け付けにたどり着くころには汗だくで言葉もとぎれとぎれだったのだった。
とりあえず無事、ただの検診ではなく妊娠検査の診療に変えることができてしばらく受け付けで待ち、名前を呼ばれて、まずナースがひととおりヴァイタル(血圧とか体重とか)の検査。
事情を話したあと私がひたすらナーバスな顔をしているので、ナースが不思議そうに「Are you excited?」と聞いていた。私は、「I'm just nervous, because I think I'm too old to be pregnant」と答え、何歳?と聞かれて44と答えると、ナースは何も言葉では言わず、ただ両手をあげて上を見て、「そうねぇ、なんとも言えないわね」というようなジェスチャーをしてみせた。
そして、「ミラクルが起きるかどうか見てみましょう!」と。
「あら、44くらいならいくらでもいるわよ」と、この高齢出産の多い街LAのナースなら言ってくれるかと少し期待していたんだけど、やっぱりそんなことはなかった。無駄に楽観的なことを言わないというのも気遣いなんだと逆に嬉しかった。
ドクターを待つ間、ふと窓の外を見ると、そこは子供たちのあそび場を見下ろせるようになっていて、小さい女の子が走っている姿が目についた。
その子の服に見覚えがあった。私の娘が2歳のころお気に入りだったジンボリーの服。おそろいだ。かわいかったなぁ。あのころの娘。今ももちろんかわいいけど、まだ言葉のおぼつかない2歳、よちよち歩きの1歳、生まれたばかりのころの小さくてフニャフニャしていた娘・・・
私も赤ちゃんがいた。妊娠、出産、子育てを私はしっかり経験していて、今もまだその真っ最中。これ以上を望むのは欲張りと言うもの、どうか、どうか期待をしすぎないように・・・
ウルトラサウンド(エコー)のある部屋に移動し、ドクターは入ってきて開口一番に「サプライズ!」と少しおどけて叫んで見せた。
そう、ほんとにサプライズ。私はまた「でも私は年齢が高すぎるので心配しています」と事前防御、先生も「まずは見てみましょう」と冷静な対応。
ウルトラサウンドを見るのは、楽しみである以上に怖かった。今の、期待しすぎまいと思いつつどうしても気が付くと「赤ちゃんがおなかにいる」という幸せな気持ちがこみあげてきてしまう状態。だめと思いつつ、「ベビーベッドをどこに置こう?」なんてつい考えてしまう生活。
その生活がもしかしたら今日でおしまいという、宣告の可能性まであと数秒。
画面が映し出され、ドクターが胎嚢のある場所をさがす。見覚えのある、白っぽいバックグラウンドに黒い丸・・・その中に小さい小さい白い点のようなもの。
うーん、小さすぎる、心拍もないな・・・とドクターが何か言う前に私は思った。
ドクターの説明の仕方も完璧だった。さすがプロフェッショナル。何度も何度も、悲しい事実を患者に告げてきた人の適格な、無駄のない話し方。
たしかに、Pregnancyがここにあります。でも小さすぎるのが少し心配です。
少し間をおいて、
残念ですが・・・おそらく、これは流産になるでしょう。
まだ100%判断はできないので、少し、ほんの少しですが希望がありますので、また来週ウルトラサウンドでチェックしましょう。
私はただ、冷静にOkay, とうなずきながら繰り返していた。実際に本当に「妊娠」であったことが確認されただけでほっとしてしまった。
だって、「生理が来なくて検査薬で陽性になりました!」と意気込んでクリニックに来て、「あなた、妊娠してません、ただの更年期です」とか言われてしまったらなんか、悲しいというより恥ずかしいし・・・
とりあえず、そんな恥ずかしい思いをせず良かった、というのが一番最初の感想でした。ほんとに妊娠してたし、胎嚢があってその中に小さいけど胎芽?らしきものもあり。ウルトラサウンドをする意味はあった。
来週のウルトラサウンドというものには、もう何も一切期待していない。ドクターも上手に、そこは期待するものじゃなくて、流産の最終確認であるというニュアンスを伝えてくれた。私の気持ちを傷つけず、かつ、無駄な楽観的な言葉もなく。
今日で姿を見るのが最後になるかもしれないから写真をもらおう、と思ってたのに言い忘れてしまった。
次のウルトラサウンドの予約すら忘れてしまって、今日の診療費を支払ってそのまま受け付けを素通りして帰ってきてしまいました。
小さい子供二人を連れたお腹の大きいお母さんがいて、子供の小さい方がウルトラサウンドの写真を手に持ってドアから走り出てきて、そのお母さんの若さがまぶしくて・・・
悲しいというよりも本当になんだか場違いな感じで恥ずかしく、さっさとクリニックを出てパーキングへ。
帰宅してガレージからリビングルームに上がっていく階段のところで、事前にメッセージを送ったので事情をもうわかっている夫が、気を使って出迎えに来てくれる足音が聞こえて、そのとき初めて涙があふれてきました。
わかってたけど、やっぱり駄目だった~、という涙。わかってたけど、期待しちゃってたよ、期待しないようにしてたけど、やっぱり実際にはしてしまった、って今気が付いたよ・・・という涙。
夫にはドクターの言っていたことを簡単に伝えて、あとはあまり深い話はせず(ここはもう、何も言わなくても伝わっていることがよくわかり、私も何か話すよりただ抱きしめて泣かせてほしかった)、ランチ時だったのですぐにランチの用意を始めた。
7週なんだけど6週の大きさしかない、ということだったけど、まだつわりがあって気持ち悪いのがなんとも納得いかない。
可愛い赤ちゃんのために頑張って乗り越えるならまだ救いがあるけど、もうだめとわかっているのに終わらないつわりほど意味のない苦しみはない・・・
娘のときもそうだったけど、とにかく和食、おしょうゆ味しか受け付けないので、そのランチも和食を作って夫と言葉少なく一緒に食べて・・・
20代や30代の流産とはだいぶ心持が違う。あるいは、何年も不妊治療をして44歳で初めて妊娠した、という場合の流産ともかなり違うだろう。
今回のことでだいぶネットサーチをして、世の中には本当につらい経験をたくさんしている女性が大勢いるんだということを学んだ。
36歳で気づいたら妊娠していて、とくに問題もなく健康な女の子を産んだ私は、ものすごく恵まれていたんだ。
その後二人目に挑戦して5年くらいたって、その間一度も流産という経験をしなかったことも(妊娠するほど元気な卵がなかったのだろうけど)。
私のこれくらいの状況で、絶望して泣き崩れたりしたらおかしい。
気持ちは沈み、流産を待つだけのつわりの日々は苦しいけれど、私は決して立ち直れないほど落ち込んでる、とか、ひたすら泣いている、というような状態ではない。
キャンプ(夏休みの間子供を預かってくれるアクティビティのようなもの)から帰宅した娘が、元気いっぱいに「ただいま!」と走ってきて、今日作ったクラフトを見せてくれて、そのときにしみじみと「はなちゃん、元気に生まれてきて、こんなに大きく育ってくれて、ありがとうね」と感謝の気持ちがこみ上げてきて、娘を抱きしめたときに、一番たくさん泣いた。
悲しみではなくて感謝の涙。すべての生命が奇跡なんだという、畏怖の気持ちの涙。
さて、木曜日に「おそらく流産」と告げられて今日で3日目、まだ出血も腹痛もなし、なんの症状もなく、流産の兆候はまったく見えません。
ただつわりは軽くなってきていると思う。少なくとも、悪化はしていない(本来ならかなり本格化する時期)。
まだ普通の状態に戻ったとは言えないけど、寝そべった状態から起き上がるとひどいめまいでつらかったのが、今はそうでもないし、少しずつ体がもう妊娠していないことを自覚しつつあるような気はする。
流産は確定しているのに何も始まらない・・・この苦しい日々が、できれば短く済むといいなぁ。
もっと若くて元気だったら、希望を持って「もう少しママのおなかにいて」と思えたり、「次こそは」と前向きになったりするんだろうけど。
私にはそのエネルギーがなく、今はただ楽になりたい・・・
妊娠・出産に関しては、誰がなんと言おうと、なにもかもが若い時期にするべく体ができている。そのことは本当に痛感する。
高齢出産のメリットを強調する記事なんかたまにあるけど、私は体験者として、メリットなんてひとつもないと断言するよ。
徹夜で遊びほうけていた20代。あのころのエネルギーの貴重さを、私は何一つわかっていなかった。夜遊びなんかでなく、妊娠・出産のためにこそあの若さはあったんだよ、と、ちゃんと知っていれば、
こんな風に、「もっと若いときに健康に産んであげられずごめんね」、とお腹に話しかけるような、こんな切ない思いだってしなくて済んだのに。
私は今いる娘が一番大事で愛しいので、タイムマシンで戻っても自分の人生を変えたくはない(若いときに戻って子供を3人産むより、今の人生で今の娘一人がいい)から、自分自身の人生に後悔はない。
でも今20代、30代で迷っている人がいたら、このことは本当にしっかりと伝えたい・・・こんなブログを若い人が目にする機会はないかもしれないけど。
あの小さい子供を二人連れた若い妊婦ママ。あの輝きは、どんな大金を積んでも、どんな最新の医療でも、一度年月が過ぎてしまったら、決して取り戻すことはできない。
次回は暗く悲しい話になってしまうかもしれませんが、情報として誰かに役立てばと思うので、また引き続き書きます。
もともとその日まで持たないんじゃないかと思ってたので、とりあえず検診にしておいたのですが、当日の朝「ついに検診の日が来た・・・もう今日まで妊娠が続いたことだけで私は十分なくらい、今回の妊娠は奇跡的!」と思ってました。
受付で事情を説明し「検診で予約したんだけど、実は妊娠検査薬でポジティブが出て・・・」と話してたら、私がよっぽどナーバスに見えたのか、「Are you nervous? Here!」と、小さなファンを受け付けの台に置いて私に向けてくれた・・・
その日クリニックのあるビルのとなりで大きな工事をしていて、車を停めようと思ってたあたりがストリートパーク全滅だったので、しかたなく高額なクリニックのビルのパーキングに来て、そこもいっぱいでなかなか見つからなくて・・・そんなこともあって受け付けにたどり着くころには汗だくで言葉もとぎれとぎれだったのだった。
とりあえず無事、ただの検診ではなく妊娠検査の診療に変えることができてしばらく受け付けで待ち、名前を呼ばれて、まずナースがひととおりヴァイタル(血圧とか体重とか)の検査。
事情を話したあと私がひたすらナーバスな顔をしているので、ナースが不思議そうに「Are you excited?」と聞いていた。私は、「I'm just nervous, because I think I'm too old to be pregnant」と答え、何歳?と聞かれて44と答えると、ナースは何も言葉では言わず、ただ両手をあげて上を見て、「そうねぇ、なんとも言えないわね」というようなジェスチャーをしてみせた。
そして、「ミラクルが起きるかどうか見てみましょう!」と。
「あら、44くらいならいくらでもいるわよ」と、この高齢出産の多い街LAのナースなら言ってくれるかと少し期待していたんだけど、やっぱりそんなことはなかった。無駄に楽観的なことを言わないというのも気遣いなんだと逆に嬉しかった。
ドクターを待つ間、ふと窓の外を見ると、そこは子供たちのあそび場を見下ろせるようになっていて、小さい女の子が走っている姿が目についた。
その子の服に見覚えがあった。私の娘が2歳のころお気に入りだったジンボリーの服。おそろいだ。かわいかったなぁ。あのころの娘。今ももちろんかわいいけど、まだ言葉のおぼつかない2歳、よちよち歩きの1歳、生まれたばかりのころの小さくてフニャフニャしていた娘・・・
私も赤ちゃんがいた。妊娠、出産、子育てを私はしっかり経験していて、今もまだその真っ最中。これ以上を望むのは欲張りと言うもの、どうか、どうか期待をしすぎないように・・・
ウルトラサウンド(エコー)のある部屋に移動し、ドクターは入ってきて開口一番に「サプライズ!」と少しおどけて叫んで見せた。
そう、ほんとにサプライズ。私はまた「でも私は年齢が高すぎるので心配しています」と事前防御、先生も「まずは見てみましょう」と冷静な対応。
ウルトラサウンドを見るのは、楽しみである以上に怖かった。今の、期待しすぎまいと思いつつどうしても気が付くと「赤ちゃんがおなかにいる」という幸せな気持ちがこみあげてきてしまう状態。だめと思いつつ、「ベビーベッドをどこに置こう?」なんてつい考えてしまう生活。
その生活がもしかしたら今日でおしまいという、宣告の可能性まであと数秒。
画面が映し出され、ドクターが胎嚢のある場所をさがす。見覚えのある、白っぽいバックグラウンドに黒い丸・・・その中に小さい小さい白い点のようなもの。
うーん、小さすぎる、心拍もないな・・・とドクターが何か言う前に私は思った。
ドクターの説明の仕方も完璧だった。さすがプロフェッショナル。何度も何度も、悲しい事実を患者に告げてきた人の適格な、無駄のない話し方。
たしかに、Pregnancyがここにあります。でも小さすぎるのが少し心配です。
少し間をおいて、
残念ですが・・・おそらく、これは流産になるでしょう。
まだ100%判断はできないので、少し、ほんの少しですが希望がありますので、また来週ウルトラサウンドでチェックしましょう。
私はただ、冷静にOkay, とうなずきながら繰り返していた。実際に本当に「妊娠」であったことが確認されただけでほっとしてしまった。
だって、「生理が来なくて検査薬で陽性になりました!」と意気込んでクリニックに来て、「あなた、妊娠してません、ただの更年期です」とか言われてしまったらなんか、悲しいというより恥ずかしいし・・・
とりあえず、そんな恥ずかしい思いをせず良かった、というのが一番最初の感想でした。ほんとに妊娠してたし、胎嚢があってその中に小さいけど胎芽?らしきものもあり。ウルトラサウンドをする意味はあった。
来週のウルトラサウンドというものには、もう何も一切期待していない。ドクターも上手に、そこは期待するものじゃなくて、流産の最終確認であるというニュアンスを伝えてくれた。私の気持ちを傷つけず、かつ、無駄な楽観的な言葉もなく。
今日で姿を見るのが最後になるかもしれないから写真をもらおう、と思ってたのに言い忘れてしまった。
次のウルトラサウンドの予約すら忘れてしまって、今日の診療費を支払ってそのまま受け付けを素通りして帰ってきてしまいました。
小さい子供二人を連れたお腹の大きいお母さんがいて、子供の小さい方がウルトラサウンドの写真を手に持ってドアから走り出てきて、そのお母さんの若さがまぶしくて・・・
悲しいというよりも本当になんだか場違いな感じで恥ずかしく、さっさとクリニックを出てパーキングへ。
帰宅してガレージからリビングルームに上がっていく階段のところで、事前にメッセージを送ったので事情をもうわかっている夫が、気を使って出迎えに来てくれる足音が聞こえて、そのとき初めて涙があふれてきました。
わかってたけど、やっぱり駄目だった~、という涙。わかってたけど、期待しちゃってたよ、期待しないようにしてたけど、やっぱり実際にはしてしまった、って今気が付いたよ・・・という涙。
夫にはドクターの言っていたことを簡単に伝えて、あとはあまり深い話はせず(ここはもう、何も言わなくても伝わっていることがよくわかり、私も何か話すよりただ抱きしめて泣かせてほしかった)、ランチ時だったのですぐにランチの用意を始めた。
7週なんだけど6週の大きさしかない、ということだったけど、まだつわりがあって気持ち悪いのがなんとも納得いかない。
可愛い赤ちゃんのために頑張って乗り越えるならまだ救いがあるけど、もうだめとわかっているのに終わらないつわりほど意味のない苦しみはない・・・
娘のときもそうだったけど、とにかく和食、おしょうゆ味しか受け付けないので、そのランチも和食を作って夫と言葉少なく一緒に食べて・・・
20代や30代の流産とはだいぶ心持が違う。あるいは、何年も不妊治療をして44歳で初めて妊娠した、という場合の流産ともかなり違うだろう。
今回のことでだいぶネットサーチをして、世の中には本当につらい経験をたくさんしている女性が大勢いるんだということを学んだ。
36歳で気づいたら妊娠していて、とくに問題もなく健康な女の子を産んだ私は、ものすごく恵まれていたんだ。
その後二人目に挑戦して5年くらいたって、その間一度も流産という経験をしなかったことも(妊娠するほど元気な卵がなかったのだろうけど)。
私のこれくらいの状況で、絶望して泣き崩れたりしたらおかしい。
気持ちは沈み、流産を待つだけのつわりの日々は苦しいけれど、私は決して立ち直れないほど落ち込んでる、とか、ひたすら泣いている、というような状態ではない。
キャンプ(夏休みの間子供を預かってくれるアクティビティのようなもの)から帰宅した娘が、元気いっぱいに「ただいま!」と走ってきて、今日作ったクラフトを見せてくれて、そのときにしみじみと「はなちゃん、元気に生まれてきて、こんなに大きく育ってくれて、ありがとうね」と感謝の気持ちがこみ上げてきて、娘を抱きしめたときに、一番たくさん泣いた。
悲しみではなくて感謝の涙。すべての生命が奇跡なんだという、畏怖の気持ちの涙。
さて、木曜日に「おそらく流産」と告げられて今日で3日目、まだ出血も腹痛もなし、なんの症状もなく、流産の兆候はまったく見えません。
ただつわりは軽くなってきていると思う。少なくとも、悪化はしていない(本来ならかなり本格化する時期)。
まだ普通の状態に戻ったとは言えないけど、寝そべった状態から起き上がるとひどいめまいでつらかったのが、今はそうでもないし、少しずつ体がもう妊娠していないことを自覚しつつあるような気はする。
流産は確定しているのに何も始まらない・・・この苦しい日々が、できれば短く済むといいなぁ。
もっと若くて元気だったら、希望を持って「もう少しママのおなかにいて」と思えたり、「次こそは」と前向きになったりするんだろうけど。
私にはそのエネルギーがなく、今はただ楽になりたい・・・
妊娠・出産に関しては、誰がなんと言おうと、なにもかもが若い時期にするべく体ができている。そのことは本当に痛感する。
高齢出産のメリットを強調する記事なんかたまにあるけど、私は体験者として、メリットなんてひとつもないと断言するよ。
徹夜で遊びほうけていた20代。あのころのエネルギーの貴重さを、私は何一つわかっていなかった。夜遊びなんかでなく、妊娠・出産のためにこそあの若さはあったんだよ、と、ちゃんと知っていれば、
こんな風に、「もっと若いときに健康に産んであげられずごめんね」、とお腹に話しかけるような、こんな切ない思いだってしなくて済んだのに。
私は今いる娘が一番大事で愛しいので、タイムマシンで戻っても自分の人生を変えたくはない(若いときに戻って子供を3人産むより、今の人生で今の娘一人がいい)から、自分自身の人生に後悔はない。
でも今20代、30代で迷っている人がいたら、このことは本当にしっかりと伝えたい・・・こんなブログを若い人が目にする機会はないかもしれないけど。
あの小さい子供を二人連れた若い妊婦ママ。あの輝きは、どんな大金を積んでも、どんな最新の医療でも、一度年月が過ぎてしまったら、決して取り戻すことはできない。
次回は暗く悲しい話になってしまうかもしれませんが、情報として誰かに役立てばと思うので、また引き続き書きます。