「ということが、あったんだよね…。」


紗英が口を開いた場所は、教室。
今は、始業式から3日経った昼休みだ。



「で、その後 周りを見ても"彼"は見つからなかったわけか。
名前ぐらい聞くべきだったね。」

ニタニタと笑いながら言ったのは、紗英の友達(兼親友)の山本 慧(ヤマモト メグミ)。



彼女曰わく、『アタシさぁ。生まれてくるまで、男の子だと思われてたんだって。
だから、名前「慧」で読み方が「ケイ」の予定が急遽「メグミ」に変わったんだってー。』


呆気らかんと笑って言った彼女は、背も高く体格も良くて、スポーツ万能、ベリーショートの髪がよく似合っている。


そこら辺の貧弱な男子よりも男らしい。

("名前"のせいだろうか―)
とたまに紗英は思う。



対して、そんな慧と一緒に居る紗英は、運動オンチで小柄。

女の子らしい…と言えば良い言い方だが、ドジで天然なところが多く、見ていて危うい。



そんな対照的な2人だが、仲はとても良く、遠目に見たら"彼氏と彼女"だ。





慧は、まだニタニタとニヤついている。


「慧…その笑み気持ち悪い…」

紗英が少々引きつつ言うが、からかうようなニヤつきは止まらないらしい。



「だってさ~。紗英ちゃん、男苦手じゃなかった?
"恋"でもしちゃったか?
あー。でも、紗英に彼氏が出来たら嫌だなぁ…(ソイツが嫌な奴だったら速攻排除だな。)」

慧は言いながらニタニタ笑いが険しくなった。が、紗英は気づいていない。


「だって…傘貸してくれた人だし、あんまり意識しなくて済んだんだよね。」

それに、フードでその人の顔、見えにくかったから。と付け加えた。



すると慧はホッとしたように、
「じゃあ―、紗英に彼氏が出来なかったら、アタシが貰う。」

と言い、その言葉に紗英は顔を一瞬赤らめた。



いくら女友達と言えども、男前な笑みで言われては、少しはドキッとする。



(慧が男子だったら、"恋"してたのかな~…)

なんて、ふと思う。


「(でも、きっと男子だったら、こんなに仲良くないだろうし…)うん。じゃ、その時はお願いね。」

悪戯っ子のような笑みを浮かべて答えると、慧もニッコリ笑い、「幸せにします。」なんて答えながら指を絡めた。
 
(あーぁ。なんかバカみたい…)

3分程、その場に立っていた紗英だったが、涙が引いてきたので帰ることにした。

彼が走って行った方向とは逆に進む。



(あの人、優しいんだか優しくないんだか。

傘くれたけど、あのまま帰っちゃったし……。)

思い出して涙が出そうになった。


(感謝したかっただけなのに…。


ん??誰か走って来てる??)


後ろから水たまりを踏む音と息遣いが聞こえる。


(雨の日に御苦労様です。)
などと心の中で呟いていると、肩を叩かれた。



「ふぎゃ!!」
驚いて我ながら変だと思う声が出た。


後ろを振り返ると、あの彼がいた。



「(は??あれ??帰った筈じゃ…。)何で?」

ポツリと出た一言に彼は気にせず、


「はい。」
と、缶ジュースを手渡した。



(ぇ??くれるの??何で??
あ。でも、好きな紅茶だ♪ラッキー。
て、そうじゃなくて!!)

と軽くテンパる紗英を横目に、

「その…怒鳴って悪かった。」
と彼は呟いた。



え。と紗英が顔を上げると彼は横向いている。

フードで顔が見えない。



「(照れてるのかな??)ふふ。ありがとう。」

紗英は、ふんわり笑うと紅茶に口をつけた。


冷たい液体が、火照っていた体を潤す。



(ん♪やっぱり紅茶美味しい。)

と思っていると視線を感じた。


見てみると、彼が紗英を見ていた。



なんとなく紗英は恥ずかしくなり、口を開いた。


「あの…(ぇと…何言おう??ぁ。そだ。自己紹介しとくか。)私、沼津 紗英(ヌマヅ サエ)と言います。」


「知ってる。高1だろ?
俺も高1。」

彼のフードの下から覗く口が弧をかいていた。



「(顔が見えないのが残念…じゃなくて。)何で年知っ……「ピリリリリ!!」……て……」

紗英が発した声は、彼女の鞄にある携帯で遮られてしまった。


「着信。」
と彼は呟いた。


断りを入れて電話に出ると、お母さんからだった。



『紗英!何処でほっつき歩いてんの!!
もう4時過ぎてるの分かってる!?』

出た途端、怒鳴り声が聞こえた。


「ぇ!4時過ぎたの?(駅出た時は2時だったのに…)」


『もう、12時に部活終わってるでしょ。
早く帰って来てて言ったじゃない。』


「(ヤバい。長い説教になっちゃう。)友達にあったの!…てあれ?」


紗英の目の前には、もう彼は居なかった。


『友達とは別れたの?
………紗英、あんた聞いてる!?』

お母さんの声が遠くで聞こえる気がした。


(……あれ?)


彼は突然居なくなった。
 
「あの、すみませんッッ。」
紗英は、彼の前に出ると勢いよくそう言った。

しかし、その顔は下を向いている。


(見つけたからって、勢いで声かけちゃったけど……男の子苦手だったんだーッッ!!!)



「あ゛、何。」
彼は怪訝そうな声をだした。


その男特有の低い声に怖じ気つつ、紗英は顔をあげた。。


すると、彼は驚いたように目を見開いた。

が、紗英にそれを見ていない。



「あ、あの!!覚えてないかもしれないのですが…これッッ、前に貸して貰った傘で………お…お返しします!!」

紗英は、まくし立てるかのように早口で喋ると、傘を前に出した。

その目はギュッとつぶられている。


彼は彼で驚いたように頑な動かない。


シトシトと降る雨が徐々に紗英を濡らしていく時、ようやく彼が口を開いた。



「あの…さ。別に傘いいから。」
ゆっくりと自分を落ち着けるように喋る。




紗英はその言葉を聞き、
「え。でも、貸して貰った物は返さないと…。」
と、発した。


が、彼は直ぐに
「返して貰うのは良いけど、お前…傘それしか無いだろ?
返して貰ったらお前濡れるし。」

と言い、前に出された傘を紗英に渡し、


「今お前が濡れたら、あの日、俺が濡れて帰った意味が無い。」
と付け加えた。




「で、でも…。(返し辛いなぁ…。傘、持ってないの事実だし。)」

紗英は困ったように口を動かすと、そんな様子を見て、彼はイライラしたように

「だから、それやるよ!!」

と言った。



「(ヒッッ!!怒鳴った。この人、恐い。顔が分からない分、余計に恐い。)ぁ、ありがとうございます…!」

紗英の目には、微かに涙が浮かんだ。



「おい。泣くなよ。
怒った訳じゃないから。」

彼は、そんな紗英に焦ったように言うと、周りをキョロキョロと見渡し、何処かに走って行った。



(あ。呆れられたのかな…。行っちゃった。)

紗英は、その後ろ姿をただジッと見つめた。