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お腹が空いて空いて仕方ない世の中ですが、


皆さま1日お疲れ様です。


今回は人の見方について。


メジャーリーグの大スターの日本人選手の通訳が色々やらかして、問題になりましたが、時間の経過と共に報道の流れも変わり、コメンテーターのコメント、ネットの書き込みも変節している。


当初は通訳の借金に選手も間接的に関与となっていたが、結果全部通訳によるものと確定した。


その流れに沿うように、当初は選手側にも疑惑が出ており、その旨をコメントする人も少なくなかった。しかし、全部通訳によるものとわかると、今度は通訳が大悪党という論調に変わっていった。変わっていくこと自体はまぁ仕方ないのだけれど、変わっていった結果、この通訳の性格が極めて奇異だったので見破れなかった、みたいなコメントが見られた。


ニュアンス的にはもともと奇異な性格だった様なコメントで、その部分が気になった。


もともと奇異は性格なのか、どうしようもなくなって奇異な行動を取らさる得ない状況に陥ってしまったのか?


個人的には後者な気がするが、どうなのだろうか。


元々こういう性格だから、こうする。というのは、非常にわかりやすいし、カテゴライズがしやすい。どんな行動も奇異な性格だから、で片付くのである。


僕が感じているように、状況によって性格が変化していった、という考え方は物事の消化の仕方が面倒くさいのである。1つ1つの状況に対してこういう心持ちが彼にはあったのだろうと推論した上で結論づけなければならない。


元々サイコパスであれば、選手の横で笑っていたとしても、彼はそんなことができてしまう程サイコパスな奴、で話は済む。


しかし、僕も場合、バツの悪さがありつつの笑顔なのかな、試合中とか何かに集中できた時には賭博のことを忘れられたのかなぁ、と色々考えるわけである。そうすると、わかりやすい人物像には辿り着かないわけである。しかし、分かりづらい人物像こそ人間そのものではないか?とか思うのである。


どんな悪党だって家族は大切にするかもしれないし、どんな冷徹な人間も大好物の料理を食べている時には笑顔かもしれないし。


別にこの通訳がやったことはとんでもないことには変わりはないが、それで何かを勝手に規定して、好き勝手言うのは微妙かなぁと思う。特に人の性格を勝手にカテゴライズするような発言は微妙である。


また、話はそれるが、情報の出し入れ、順番によって人の感情は強く揺さぶられるもので、そこら辺を巧みに扱う人がトップに立ったらどうなってしまうのかなぁ、はたまたすでにそうなってるのかなぁ?とか思ったりもした。