今回は嫌いと批判について。
今は世間がみなコロナでイライラしている。なので、ぶつけられるポイントがあれば総攻撃である。
その代表がパチンコだろう。いくつかのパチンコ店が休業要請に応じない、だからメディアも批判する。そこまでは良い。しかし、話が段々とズレていき、そもそも三店方式?は問題だとか、色々な文句が出ている。
三店方式なんだうんだと言う人は元々パチンコが嫌いな人であろう。だからこの際言ってしまおうということだろう。
個人的に思うのは嫌いと批判は混ぜたら危険である。
この人が嫌いだから批判するの構造になると、何でも批判してしまい、一貫性のないものになる。国会の一部野党なんかが良い例かと。
本来は批判するポイントがあるから批判するわけである。
しかし、気持ちも理解できる。よく、
お前が言うな、という言葉がある。これは言う人の立場やキャラクターでその言葉に対する相手の感じ方が違うということである。だから、わかる。
でもでも、嫌いだから批判するとなると、その人の主張にバイアスがかかる。それが続くとその人の主張の信頼性はなくなる。
僕はパチンコなんて興味ないから、休業しとけば?と思う。実際に90%位のパチンコは休業しているデータがあるそうな。
ほとんどのパチンコ店が休業しているのに、三店方式?の話をぶちこむのはいささか話がズレすぎではないだろか?と思ったりする。
もちろん三店方式自体に問題はあるのだろう。しかし、その問題は今じゃない。
今はいかに適切な行動を自身ができるか、いかに適切にその呼び掛けができるかな気がする。
自粛せずパチンコに並ぶ人も、ズレた正義感で自粛警察してパチンコに並ぶ人を罵倒する人も、不適切である。
今必要なのは素敵な行動とそれを褒めることな気がする。