僕は弱い人間だ。
外から見たイメージとは少し違うかもしれない。
普段は相談を聞く側、フォローする側なことがどちらかと言うと、多い。
しかし、僕は弱い人間だし、怒っても、落ち込んでも、黙りだす。
僕が人に優しくしたり、相談を親身に聞いたりすること、そこには裏がある。
それは本当は誰よりも優しさが欲しい、苦しんだ時に助けて欲しい、苦しんだ時にそばにいて欲しいと願うからだ、
だから、先に手をさしのべる。貰うものだけ貰うなんて僕にはできないからだ。
そんな考えで生きてきて、それは実は正しい方法とは効率的な方法ではないともわかってきた。
人は人に優しくされる、親身にされると感謝の念を抱く。しかし、それと信頼感はまた別の話なのだ。
いや、信頼感はあるだろう。しかし、だから、欲しい時に優しさを、そばにいて欲しい時にそばにいてくれるとは限らないのだ。
突き詰めると人間は自分優先になるのが当たり前だからだ。だから、僕が欲しい時に優しさは手には入らない。
しかし、このスタンスが僕であり、与え続けるのが僕である。周りから優しいとだけは言われ、感謝の言葉だけを受けとり、また、与え続ける。
無駄に思えても、それが哀しくとも、時にどうしようもない虚しさにさいなわれても、僕は与え続ける。
もう与えることが最善策ではないのはわかっている。
それでも、
それでも、
僕が僕であるために、この生き方を貫くしかない。多分このスタンスを止めたら、僕の心は折れて、心が死ぬだろう。だから、このやり方を続ける。
効率的に貰えるものだけ貰うなんて生き方に僕は何の価値も見いだせないし、そんなやり方でてにいれた優しさなんて、僕はいらない。