子供の頃の純粋と、大人になってからの純粋には少し意味合いの違いがある様に思える。
子供の頃の純粋は、まだ何も経験せず、何も知らないゆえのまっすぐさに思える。
しかし、大人になるとある程度経験したいことはできる。そして、それが蓄積される。
ここで、大人における純粋とは一通り何かを経験したとしても、変わらぬ、折れぬ気持ちのことであるように思える。
大人で経験できるのに、あえて経験しようとしないでいるのは純粋とは少し異なる様に思える。
純粋というより、無垢と言った方が良いのではないか。言葉通り垢がついていない状態にあるように思える。悪くいえば視野が狭い、盲目なんても言える様に思える。
人は様々なことを経験し、変化をたどる、そんな変化の激しい中でも、結果同じ答えにいきつく、同じスタイルにいきつく。そこにぶれることができない気持ち、純粋さがある様に思える。
日本にずっと暮らして見える日本の景色と、世界を色々見て帰ってきて見える景色が必ずしも同じ意味合いを持つとは限らない様に、様々経験した上で変わらなかった気持ち、スタイルこそ、澄んでいるのではないか、と思う今日この頃である。