名作プレイバック「お舟百まで波平九十九まで」 | 週刊サザエさん

名作プレイバック「お舟百まで波平九十九まで」

「お舟百まで波平九十九まで」
脚本:辻真先 演出:鳥居伸行 原画:大山隆


●磯野家・居間


炊き立てご飯を頬張っている波平、茶碗に髪の毛が入っている事に気付く。
慌てて、自分の頭に手をやるが、まだ髪が残っている事にホッとする。


波平「ん?・・・(頭に手をやり安堵)ほっ・・・(フネに)おい!髪の毛が入っとるぞ!」
フネ「あら、申し訳ございません」
波平「長さから言っても、これはお前の髪の毛だな?」
フネ「これから気をつけます」


●磯野家・台所


フネ、洗い物をしている。
そこに食器を抱えた波平が入って来るが、フネはそれに気付かない。


フネ「(独り言)髪の毛の事になると、すぐ頭に来るんだね・・・」
波平「ここに置くよ」
フネ「ひがんでいるのよ。自分の髪の毛が1本しかないもんだから」
波平「(怒)む、むむむ!」


波平、食器を床に投げつけて叩き割る。
さすがにフネも波平の存在に気付く。


フネ「ひゃあ!・・・まあ、お父さんでしたの」
波平「(怒)ワシで悪かったな!」
フネ「カツオの声にそっくりでしょ、つい・・・」
波平「カツオがワシの声に似とるんだ!」


●磯野家・波平の部屋


怒り心頭の波平。独りでネクタイを締めている。
慣れていないらしく、締め過ぎて咳き込んだりしている。


●磯野家・廊下


相変わらず不機嫌な波平に、フネが通勤カバンを渡す。


フネ「あなた、カバン」


波平、無言で荒々しくカバンを掴み取る。
そこに帽子を持ったサザエがやって来る。


サザエ「荒れ模様ね、父さん」


●磯野家・玄関


靴を履いている波平。フネが膝まづいて帽子を渡している。


フネ「はい、お帽子」


波平、無言で帽子をひったくり、靴べらをフネに渡す。
さすがにフネも波平の態度に頭に来始めているよう。


フネ「傘をお持ちになります?」
波平「いらん!それより新聞!」
フネ「はいはい・・・いってらっしゃい」
波平「言われんでも、行って来る!」


波平、叩きつけるように扉を閉めて出て行く。


●磯野家・台所


サザエとフネが洗い物をしている。


サザエ「何もそんな事で腹立てなくてもいいのにね、父さんも」
フネ「んー、こっちだって癪に障るから10日前の新聞渡してやったわ」
サザエ「まあ!それじゃ、アタシがお料理欄、スクラップした日だわ」


●電車内


満員の通勤電車。車内広告はチャールズブロンソンが表紙の「週刊ブンブン」。
波平、人ごみを避けるように新聞を広げる。しかし、(サザエによって)切り抜かれて穴が開いている。


波平「ああ・・・????」


車内に笑いが巻き起こり、波平の顔が真っ赤になる。


●磯野家・門前


タラヲがきょろきょろしている。そして、何かを発見したらしく喜びながら家の中へと戻っていく。


タラヲ「わーい!」


●磯野家・玄関


玄関には磯野家が勢ぞろいしている。


タラヲ「おじいちゃん、帰ってきたよ!」
サザエ「いいこと?父さん、ご機嫌ナナメですからね。気をつけて口利くのよ」
ワカメ「ハーイ」
カツオ「はた迷惑な話だな。夫婦間の問題は当事者同士で処理してほしいよ」
サザエ「シー!」


そこに波平が扉を開けて入ってくる。
すると、磯野家一同が膝をついて頭を下げている。


波平「(驚)はあ???」
一同「おかえりなさいませ」
波平「(戸惑って)あ、あ??何のまねだい?」
サザエ「え?」
波平「あー、わかったわかった。お前たちが迎えておるのは、これだろ?」


波平、懐から給料袋を取り出す。
フネがそれを受け取る。


波平「今月のサラリー」
フネ「すみません」
波平「・・・はてな?」
フネ「何ですか?」
波平「いやー、何か、お前に話す事があったんだ。どうもいかん、近頃は忘れっぽくて」


波平、そのまま奥へと入っていく。


サザエ「(フネに小声で)この調子よ、サービス満点で忘れさせましょうよ」
カツオ「(左手をサザエに差し出す)あのー」
サザエ「(カツオの手をたたいて)わかってます。後でケーキでも食べさせてあげます」
カツオ「(喜)ホント!?」


●磯野家・居間


カツオが波平の肩を揉んでいる。
そこにワカメが茶を淹れて持ってくる。


ワカメ「粗茶でございます」
波平「あー、すまんな」
カツオ「ワカメ、茶箪笥にお菓子があるよ」
ワカメ「うん」
波平「あー・・・母さんに何か話す事があったんだが」
ワカメ「(菓子を差し出して)どうぞ」
波平「ありがと。あー、カツオ、もういいからお前も食べなさい」
カツオ「せっかくですが、ケーキが不味くなるんで」
波平「ケーキ?」
カツオ「いえ、こっちの話。近頃、会社の景気どうです?お父さん」


そこに、タラヲが夕刊を持ってやって来る。←空気嫁


タラヲ「ハーイ、夕刊です」
波平「あー、ありがとありがと」


突然、波平、切り抜かれていた今朝の新聞の事を思い出す。


波平「は!?思い出した!母さん!母さん!」


波平、カツオを突き飛ばして、台所へと大股で向かう。
カツオ、ワカメ、タラヲが大きくため息。


カツオ「ちぇー・・・ケーキを食べ損なっちゃった」


●磯野家・玄関


翌日。波平とフネが遂に冷戦状態に突入。
一言も喋らず、帽子や傘、新聞の受け渡しをしている。
その様子を柱の影から、タラヲがじっと見ている。


タラヲ「おじいちゃん達、ジェスチャーゲームをやってるのかな?」


●磯野家・波平の部屋


サザエが「レッツゴーサザエさん」を口ずさみながら掃除中。
すると、掃除機がテーブルの下の定期入れを吸い上げる。


サザエ「あら、まあ、父さんのだわ・・・父さん!」


飛び出そうとしたサザエを、フネが止める。


フネ「あ、いいよ。私が行って来る」
サザエ「いー!?口も利かないのに。・・・やっぱり夫婦ね」


●路地


フネ、定期入れを手に走っている。


●歩道橋


波平が何も知らず悠然と歩いている。
そして、歩道橋を降りてきた所で、反対側の歩道にいるフネから声がかかる。


フネ「(息荒く)お父さん、忘れ物!お父さーん!忘れ物ですよー!」
波平「ああ??(懐に手を入れて)しまったー!」


波平、歩道橋を見上げる。富士山への登頂口のように階段が高く聳える(階段の上部には雲がかかっていたりする)。
波平、仕方なく階段を上り始めるが、かなり、息が荒い。


一方、反対側ではフネがダッシュで階段を駆け上がっている。
息を切らしながら、歩道橋上部にたどり着いたフネ。すると、向こう側では階段を上って疲れ切った波平がぶっ倒れている。
フネ、慌てて波平に駆け寄る。


フネ「お父さん、大丈夫ですか?」
波平「(息を切らしながら)ハー、ご苦労さん」


そこに、老婆が歌いながら階段を上がってくる。
そして、定期入れを渡してもらっている波平に目を留める。


老婆「♪よみーがえるーあいー」
波平「それじゃあ、母さん、行って来るよ」
老婆「おや、まあ、こんな所までお見送り?いつまでも新婚気分ですね」
波平「(照)いやいや・・・決して、そんなわけでは」
老婆「いよ!お安くないぞ!」


老婆、波平にタックル。
波平、その勢いで歩道橋から落ちかかる。


波平「うひゃーひゃひゃー!」
フネ「お父さん、大丈夫ですか、お父さん!」
老婆「うひひひひひひ」


●路地


夕暮れ。会社帰りの波平が歩いている。
すると、遠くに何かを見つけたらしく、さっと道の角に身を隠す。
遠くからは買い物帰りのフネが、こちらに向かって歩いてくる。
波平の脳裏に、今朝の老婆の「いつまでも新婚気分ですね」の声がリフレインする。
波平、やって来るフネを突然飛び出して驚かせるつもりらしい。


波平「(その光景を想像して)うっしっしっしっし」


●路地の先


一方、いつの間にか、フネの横には上品そうなご婦人がいる。


婦人「お寒いですねえ」
フネ「ホントにねえ」
婦人「お先に失礼」


婦人、さっさと前へ進む。
しばらくすると、突然、婦人が悲鳴をあげる。


婦人「きゃーーー!!!」
フネ「まあ!?」


●交番


ご婦人に波平が引っ張り込まれている。
その傍らでは呆れた表情のフネ。そして、その中央では鼻ヒゲを生やした警官が面白そうに2人を眺めている。


婦人「おまわりさん!この人痴漢なんです!すぐ、精神鑑定してちょうだい!まったく、いやらしい!」
波平「(狼狽)誤解です!事実は小説よりも奇なり!偶然とは恐ろしいものでして!・・・(フネに)なあ、おい、フネ?」
フネ「(無視)どうだかわかるものですか」
波平「あわわわ・・・」


●磯野家・縁側


カツオとワカメが、波平の部屋の様子を伺っている。
中からは、痴話ゲンカをしている波平とフネの声が漏れてくる。


波平の声「信じてくれ。ワシが愛しているのは、永久にお前独りなんだ」
フネの声「(無視)おや、さようでございますか!」
波平の声「じゃあ、お前はワシを信じないと言うのか。これだけ、ワシが誠意を持って話していると言うのに!」


そこにサザエがやって来て、カツオとワカメを追い払う。


サザエ「こら!あっちへ行ってなさい、子供は!」


サザエ、2人が行った事を見計らって、今度は自分が聞き耳を立てる。


波平の声「いや、何度でも言うよ。ワシはお前だけを愛しとる!な、わかってくれ、フネ!このとおりだって!」
サザエ「ウフフフフフ」


すると、今度はタラヲが現れる。


タラヲ「あっちへ行ってらっちゃい!」
サザエ「あら?」


●磯野家・波平の部屋


ようやく和解したらしく、フネの表情が笑顔になる。


フネ「わかりましたよ、お父さん」
波平「(ガッツポーズ)そうかい!わかってくれたかい!」
フネ「んー、私だってあなた以外に信ずる人はいませんもの」


2人、手を取り合って微笑みあう。
フネ、何かを期待しているようにそっと目を閉じる。
そこに突然、何かのファンファーレが鳴り響く。


波平「やや!?」


波平、慌てて飛び出していく。
波平に身を委ねていたフネ、ずでんとコケる。


フネ「いー!?!?」


●磯野家・居間


テレビでは競馬中継。カツオとワカメが見ているところに波平が喜々として割り込んでくる。
その様子を見て、フネが呆れる。


フネ「(怒)買い物の続きに参ります!」
波平「(興味なさそうに)どうぞどうぞ」


フネが出て行った後、波平が何かに気付く。


波平「また怒らせてしまったかい」


●スーパーの入り口


すっかり日が暮れている。空からは大粒の雨。
スーパーから出て来たフネ、途方に暮れる。


フネ「あらいやだ、雨だわ」


●歩道橋


雨の中を走るフネ。
そこに傘を持った波平が現れる。


フネ「あら、迎えに来てくださったの?」
波平「いや、何、タバコを買いにな」
フネ「タバコ屋は向こう側でしょ、ウフフ」
波平「ああ、そうだった。どうも、物忘れがひどくていかん」


波平の懐から、折り畳み傘が落ちる。


フネ「あら、私の傘?」
波平「(言葉に詰まる)あー・・・はてな?サザエが入れたと見える。まあよろしい。使うなら使いなさい」


フネ、波平に身を寄せる。


フネ「あなたの傘に入れていただくわ」
波平「(咳払い)それもよかろう、折り畳みの傘は面倒じゃからね」←なにこのツンデレ


2人、相合傘で歩道橋を上がっていく。
歩道橋を渡る2人の後ろから、傘をさした今朝の老婆が近づいてくる。


老婆「いよいよー!ご新婚さん」


老婆、一旦、傘で顔を隠すも、もう一度、傘から視聴者に顔を見せる。


老婆「見たな?」


老婆が歩道橋の柵に身を沈めて幕。


おわり


次回は「ぼくは女湯?」をお送りします。